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ごあいさつ
2001年8月

"Walden" Atsushi Kadowaki
1999
ホームページ・オープンから数ヶ月
ホームページをオープンして数ヶ月、ふれるものすべてが珍しく、不安と喜びに導かれて「ホームページ道」とでもいうべき旅路を踏んでいます。
自分のもっていた当初のイメージが次々に崩されていき、全く別の外観を目にするということ、ここに知らないことに挑戦するという喜びの多くが宿っていると私は思います。当初の思いなしと実際の姿が異なっていればいるほど喜びの度合いも大きいと言えます。そうした意味で、私は自分の常識をくつがえしてくれるものを追い求め、それを「器用仕事」と称し、それにいそしむことを自らの業としているわけです。逆に言うと自分の生活が日常によって取り囲まれないように、自分の常識のやわらかい刻印をなぞれば事足りるような事態に陥らないようにと願っているのです。しかし新しいものというのは何も日常の外ばかりにあるわけではなくて、日常の中にあるものを掘り下げていくことで新たに到達できるものがそれこそ猫の毛ほどにあって、実際に旅したりする余裕のない私にとっては大助かりです。

話が猫道にそれましたが、当初自分の絵を展示しようとかいろいろともくろみをもって始めたホームページも、あまりのアクセス数の少なさに、これは展示するという意味をなさないのではないかと思い始めました。もともといろいろなことに興味をもって取り組んではいるものの、「脚光を浴びる」などということはついぞない私なので、特にがっかりしたわけではないのですが、目的と手段には何か関連性があると思い込んでいるところがあるので、これは少し路線を変更し、ここに自らの「サイバー保管庫」とでもいうべきものを作って、どんどんゴミといっしょになくなっていく絵や文章やアイデアやその他もろもろのものをここに保管していこうと思い立ったのです(そう気負わずとも自動的に展示すれば保管されるわけですが)。もともと10年以上使っていたワープロが壊れて困っているところに、買いかえるからあげるといって親戚にもらったパソコン。壊れたワープロは部品すらもうないからと言われてフロッピーに入っていたデータがすべて使えなくなってしまったので、この二の舞はすまいという思いもありました。
それからというものデータ入力の日々がつづきました。誰にも見られなくてもいい。こうしてデータ化しておけば、オリジナルがどこに行ったのかわからなくとも、探す手間を省いて絵画や言葉の断片を見ることができるではないか。それは実に有意義なことに私には思えたのです。
そうして地道な作業をつづけているうちに、私はふと不思議な気分におちいりました。こうしてどこにあるかわからないところで、実態もないようなデータとしての私の一部が、私という生物的な限界をも超えて生きつづけていくという感覚。そう、この生きているという感覚、もともと生きていないのに。
死後もその人の生を超えて生きつづけるサイバー・データ。私は蓄えもないので望めないが、死後も半永久的にサーバーのうちに自らのサイトを保持しつづけようとする人はいるのではないか。もう更新されることもないサイトの中で、まるで墓碑の前で交わされる会話のように、本人を交えずにチャットが行われ、掲示板への書き込みが行われる(お盆とかお彼岸に多いかも)。そしてアクセスカウンターだけがかちかちと数を刻みつづけていく。
またまたねこみちにそれましたが、そうこうしてデータ入力にもあきてきた頃、リンクすることでひとに自分のサイトの存在を知ってもらうのだということを知り、ためしにあちこちリンクをはり始めたところ、ささやかながらほかのサイトの方との交流が始まったり、ああこれがインターネットだなぁと思う今日このごろです。もともと絵を描いている知り合いなんて皆無に等しかったのでこれは本当にありがたいことでした。
今後の計画としては、音楽分野でのデータ化が遅れているので、こちらをもう少し進めていこうかと思っています。それから、やはり自分の保管庫としての機能だけではあんまりインターなネットとは言えないような気がして、何か投稿の場のようなものができたらと思っているところです。投稿ではなくて、自分以外の紹介というような形でしょうか。とりあえずリンク集がそれにあたってはいますが。
ではこれからのまた数ヶ月にびっくりするような発見があることを願って。
あ、それから「器用仕事」を文字通りの意味にとっている方もいると思いますが、とんでもないことになってしまいますので詳しくは「器用仕事」のページをご覧下さい。
Atsushi Kadowaki 2001.8.12
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