
センダイアートアニュアル2002出品作
「私という物語の終わるところ」
※出品名は「私という物語の排除」
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仙台は定禅寺通りにある
総ガラス張りの近未来建築 せんだいメディアテーク 図書館やギャラリー 映写室やショップにカフェと 仙台市の複合施設 ここに私は展示に行く |
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展示する楽しみ
これから何が起こるのか 確かにプランはあるものの それは確定したものではありえない 実際、案内された場所は 当初の説明よりもずっと広く 私はすぐさまプラン変更の必要性を悟る |
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画鋲をさす
メジャーではかり きれいに整列させようと しかしすぐさま画鋲たちは その作業の不毛さを訴える 私は彼らにこたえてとりあえず あやとりでもしてみよう |
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やっと画鋲を撃ち終わり
パネルに描いた絵たちをならべる きちんと整列させたものの どうもすわりがわるいようだ 自由に席替えさせてみる |
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左上のスケルトンくんだけは
自分の場所を動こうとしない ほかのみんなはそれぞれ自分の 好きな席を見つけたようだ これからここで20日間も 彼らはじっと座りつづける |
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写真をならべ
鋲をさし パネルをならべ 石を置く すべての配置をそれぞれに しっくりくるような順番で |
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石と写真とテンペラ画
左上の石をのぞいて それぞれ配置は異なっている しかしそれは私ひとりが 望んだことではないのだと思う |
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展示が終って帰るとき
私はすでに自分の絵画が 想定された物語をこえて はみ出しこぼれ 育っていくのを かすかながらに感じている そしてそれは大きくなり 私という物語の終わりを告げる |
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平面をただ壁と床にはりつけただけの
これをインスタレーション と言っていいのかわからないが とりあえず言えることとして この「作品」について私は 確定的なことを語ることができない という感覚を覚えたということ そしてそれこそが 「物語の排除」への 手がかりなのではないかと思う 私も観客のひとりとして その「作品」が語る言葉を 知りたいと思うのだ |
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