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器用仕事日記

〜2001年12月〜

「松島にて」 Atsushi Kadowaki 2001

12月31日(月)晴れ

 今日はゆっくり絵を描く。なんかとても疲れているようなので、途中から猫たちとストーブの前に集う。昨日買ったハンナ・アーレントの『イェスラエルのアイヒマン』を開く。すぐに眠くなってしまう。
 午後から妻が実家へ行くのでさらにゆったりとした時間が流れる。空には猫の毛のような雲が、音もなく流れてゆく。
 突然、沖縄民謡のような曲を作り始める。結局日本人の犠牲にされつづけている沖縄人のこと。途中、パソコンに向かったりして中断しながら、11時半頃におおまかなところまでできあがる。帰って来た妻に聞かせると、「このベース、ものすごくリズムが悪くて聞いていられない。久しぶりに録音したから? それとも具合悪いのかしら」と言われるが、ひとまず「音楽の小部屋」にアップしておく。タイトルは「ハイブリディティ」 。 少し分かりすぎる内容かもしれない。

 

12月30日(日)晴れのち雪

 今日は久しぶりに松島へ行く。ひとりで過ごすのは、本当に久しぶりだ。一句よむ。

   年の瀬はからりと晴れて裏もなし

 

12月29日(土)晴れ

 井上靖であったか、「師弟関係」に人間のかかわり方の理想を見ていた人がいたが、これには時々うなづきたくなることがある。血縁や恋愛といった、ややもすると排他的な要素を内包したものでなく、敬意と信頼という精神性に基づくものだからだ。
  むろんそれとて出世や保身のための関係や、幻滅を恐れるあまり現実を直視しようとしなくなる関係に堕す可能性を含んでおり、やはり一概にそれが優れているとは言えないのであって、だから時々うなづくのである。
 休みのたびに長崎から帰ってくる兄弟がいる。中学から仙台の親元を離れ、寮に入って私立の学校へ通っている。このふたりには小学生の頃、とある塾で教えていたのだが、その後、縁あって私が塾をやっていることを知り、去年あたりから休みのたびに来るようになったのだ。ふたりとも実によくわかる。勉強がよくできるのはもちろんであるが、そうした子どもには往々にしてあるように、大人の話がそのまま通じる。
  早い段階からの受験教育が子どもをゆがめるという批判は正当なものだと、私自身塾で教える身として、そう感じるところが大きいのであるが、それにもかかわらずやはりある種の人間にとってはそれが真であっても、ある種の人間にとってはそうとは言えないように思う。
 むろん、どのように周りがふるまおうと、その人間の進む道は決まっており、いくぶん回り道をしようと、到達するところはだいたいにおいて同じではないかとも思う(それは私のように確固たる信念をもたずに子どもにものを教える者の言い訳ではあるが)。
 しかしそれでも、何度教えられてもすぐに学んだことを忘れてしまうような人間にとって、勉学による鍛錬は苦痛以外のなにものでもないし、それがその人間に劣等感を抱かせ、ゆがんだ世界観をもたせてしまうことは確かにありそうなことである。その一方、どれだけ教えても次々に吸収し、さらには真の意味での理解へと発展していきそうな子どもに、その知的欲求を満たすことのできないような環境に甘んじることを強いるのは、これまた同様にその道をゆがめてしまうような気がする。
 そこには、平等主義と能力主義(自由主義)という、並び立つのが困難な選択が存在しているのだ。何でも平等では、真の平等とは言えない。努力や能力に見合った評価がなくては、生きている意味すらなくなってしまう。しかし逆に能力主義一辺倒では、たまたまその才に恵まれていたという幸運、その能力を発揮できる時代や地域に生まれたという幸運によって、他をかえりみない恐れがある。そして何でも平等主義が生きる価値を減じさせるのと同様、能力がなくては生きている意味がないという風潮を助長するという意味で、人間の存在価値を削り取ってしまう。
 むろんこれらのあやういバランスの上に立ちながら、しかし確かに開いたこの割れ目の上に立って、われわれは歩んでいかねばならない。これら相反する価値を内に抱えながら、しかし自己を失うことなく、同一化させていかねばならない。
 さて、先の長崎の学校に通う兄弟に話を戻すと、はじめの頃こそ余裕もなく、現地で家庭教師や塾に通う級友と競うため、休みのうちに勉強しようとそれ一辺倒であったこのふたりだが、最近はどうやら落ち着いたらしく、私の思うには、このごろは私の雑談を聞きに来ているように思えるのだ。これは私の単なるうぬぼれに過ぎないのかも知しれぬのだが、私自身、自分のもてるすべての知識と知性を総動員して、彼らに私のものの見方を話して聞かせる。若いうちからこうした話を聞き、理解できる彼らを、私はいつもうらやましく思う。
 彼らは頭がいいし、性格もいいときているから、話す私には絶好の相手である。私はまるでここに師弟関係のようなものが生じているような幻想を抱く。確かに私は金を受け取って彼らにものを教えているのだが、それは私の労働を彼らに切り売りし、彼らは払った代価に見合ったサービスを受け取るといったたぐいの関係ではなく、私は彼らの努力や優秀さに感じてこれまでに得た知識や視点をおしむことなく与え、その善意に対して彼ら(の両親)は私に尊敬とお礼(お金)を払う。
 まったく同じ事を別のきれいな言い方に直しただけではあるが、それを強く意識しなければならないところに、近代人たるわれわれの苦悩があるのだと思う。きっと昔の人はこんなことで悩みはしなかったであろう。すぐに追い越されてしまうことは目に見えてはいても、自分よりは知識のある者、あるいは年長者には尊敬の念を抱く。このばかばかしいくらいに封建的な発想はしかし、私には自然な感情のひとつであるように思えてしようがないのだ。
 むろんそれをおもてだって宣伝したり、そうした道徳観を絶対のものと見なしたりはしないし、何しろそれを疑う別の自分もいるのだから、それに価値を置くようになどと子どもに話すつもりもない。それどころかわれわれがすべてひとつの構造をもった遺伝子のなせるわざに過ぎず、絶対と見えたものも相対であって、真理と見えるものはまったく嘘っぱちであることを私もよくよく知ってはいるのだ。
  しかしそれでも私自身、年長者と話すとき、あのえも言われぬ不思議な感覚におそわれる。たとえばもう84を過ぎた義父といるときがそうだ。そして最近読み返そうと思っている漱石の文章を読んだときなどがそうである。
 彼らを、その後の思想の成果を知らぬ者として断じてしまうのはいともたやすい。その場にいあわせないときは。しかし彼らと同席するとき、活字を通して立ち現れるとき、私はうむを言わさずその中に取り込まれていくのを感じる。その大きな裂け目。同一化されえない自分。 「彼らの時代」へのあこがれ。しかし決してそこに戻ることもできぬし、戻りたいとも思わない私の時代の冷たく確かな現実感。
 こうした感覚を、年老いたら私もひとに与えることになるのだろうか。

 

12月25日(火)晴れ

 今日はクリスマス。やっと『ウィンター・ワンダーランド』を、第一部完とすることでクリスマスまでに一区切りつける。しかしもうこの話の登場人物たちは、私の中でどんどんリアリティをもって呼吸を始めているので、つづきを遠からず書いてあげないといけない。

 

12月23日(日)晴れ

 昨日買った吉田次郎とカール・カーターのデュオによるCD『禁じられた遊び』を聞く。今年の8月、ニュージャージーで録音されたもので、このふたりの組み合わせによるアルバムとしては前作『イン・マイ・ライフ』につづく2作目。「ジャイアント・ステップス」などジャズの名曲はもちろん、邦題からもわかるように、ポピュラーやビートルズまでをカヴァー。吉田のギターとカール・カーターのエレキ・ベースによる変化自在の超絶ともいえる技法を駆使した、どこまでもセンスのいいアレンジ。どの曲を聴いてもスリリングで、決して期待を裏切らない。いや、小気味よく裏切ってくれる(思いもしなかった方法で)。
 全10曲のうち、どれもすばらしいが、中でもタイトル曲「禁じられた遊び」のアレンジは必聴。その他、ビートルズの「ブラック・バード」、ガーシュインの「サマータイム」などの目の覚めるようなアレンジにはただただ感嘆するばかりである。
 ただ一点、難を言わせてもらうなら、ジャケットのセンスである。センスのいいのがジャズのジャケットという中で、どうもこれはいただけない。セピアかモノクロの、センスいい風景写真にでもしてもらいたいものだった。

 吉田次郎を紹介するサイト

 

 

12月22日(土)晴れ

 受験の時期が近づいて、こどもたちにも気合いが入ってきている。受験のためだけの勉強ととらえると、瞬時にものごとが矮小化してしまうということや、ある意味で全員がこのいわれのない競争に参加しなければならないという全体主義的な閉塞感があることは事実であるとしても、みずから進んでやりとげたいという気持ちには、すがすがしさを感じるし、どこまでもこたえてあげたいと思いもする。いずれにせよ、われわれは多かれ少なかれ、与えられた状況の中でのがんばりを強いられている。まずはそれと張り合えるところまでは張り合ってみようというわけである。そしてその状況の中に身を置き、細かにそれを追っていく中からは、思わぬ喜びやおもしろみを発見することができるものだ。

 

12月19日(水)晴れ

 「アマゾンさま」からスピヴァクの『サバルタンは語ることができるか』が届く。読むのが楽しみ。

 

12月16日(日)晴れ

 昨日はものすごい雪で帰れそうもなくなってしまったので、塾に泊まる。
 私の借りているものすごく古いマンション(私の生まれた年に建っている)は、仙台の並木通りのひとつ、青葉通りが少しだけ見える。12日から、「光のページェント」といって、並木にイルミネーションをつける恒例のイベントが行われており、青葉通りもその会場ではあるのだが、塾から見えるところまでは来ていない。それでも窓から見える並木は重たい雪をかぶって、まるでクリスマスのデコレーションのようだ。こんな日なら、もうワンパターン化してしまって、エネルギーの浪費のようなイルミネーションもさぞきれいだろうと思って見に行くと、はたして実にきれいであった。

 今朝、7時頃に起きて塾を後にする。早朝とはいえないが、日曜の朝なのでほとんど人影を見かけない。雪が積もって、まるで知らない街へ旅行にでも来たようだ。
 バスに乗って家まで帰ると、こちらは山の上なので街中に輪をかけたかなりの積雪。今日は一日、家で過ごそう。再来週からは2週間以上、塾の「冬期講習」で何もできなくなるわけだし。

 

12月14日(金)雪

 今日は朝からずいぶん雪が降っていた。それでも降る先から消えていって、どうも積もらないようであった。

 夕方、雪で混雑しているだろうと早めに家を出て、家庭教師先の家へ行く。かなり早く着いてしまいそうだったので、近くにある愛宕橋から広瀬川をながめてみる。広瀬川は仙台を流れる川で、仙台の代名詞とも言える川。愛宕橋はつい最近架け替えが行われて新しくなった橋なのだが、隣の愛宕大橋は車通りが多いのに対し、あまり行き交う車もなく、橋のたもとに寺院などがあって、雪降る中でははなはだ風流である。

 そうこうしているうちに時間になったので行ってみると、今日は休ませて欲しいという。どうも最近はこういったことがこの家に限らず多い。雪の中を歩いて街中まで戻る。雪の中を歩くのは久しぶりだ。今年はじめの雪の日以来である。しかしそれほど前のこととも思えない。あっという間にまた雪の季節である。

 

12月13日(木)くもり

 今日は夕方から雪になると聞いていたのにいっこうに降ってこない。それどころか実に美しい夕暮れ時となった。
 しかし日が落ちたとたん急に冷え込みが厳しくなる。自転車で塾へ向かっていると、ふと細い路地の真ん中にすずめちゃんがじっと立っているのに出くわす。そばを通っても全然動かない。通りすぎてしばらく行ってふりかえったが、全く同じ姿勢のままぴくりとも動かない。塾の時間がせまってきていたものの、とりあえずひきかえして自転車を止め、すずめちゃんをのぞきこむ。近づいてみると小刻みに震えながら、じっとうつむいて立っている。近くに何やら米つぶを吐いたようなあとがあったが、そのことが重要性をおびて記憶にのぼったのはもっと後のこと。車にひかれてはたいへんと、とりあえず手袋の上からむんずとつかむと、難なくつかまれるままに。
 さっそくかぶっていた毛糸の帽子にすずめちゃんを包み、手にもって自転車をこぎ始めたが、風があたるようだ。ふと上着の内側を見ると内ポケットが(私の持ち物にはいただきものだらけで、上着もそのひとつ)。
  帽子ごと内ポケットにそおっとすべりこませ、私は自転車をこぎ始めた。とりあえず塾まで連れて行って温めなくては。こどもたちには内緒にしておこう。しかしその後どうしたらいいのか。動物病院といっても、以前連れて行ってたいへんな目にあったこともある。野性動物だけに治療も難しいだろう。もし助からないようなら、せめて温かいところで見とってやりたい。
  そんなことを考えながら自転車をこいでいるうちに、だんだん私のからだもあったまってきて、ふと内ポケットをのぞくと、さっきはすっぽり帽子の中に入っていたすずめちゃんが、ちょこんと顔をだしているではないか! 私の熱が伝わったのだろうか。
 信号待ちをしながらその頭をなでてみると、何ともおとなしくなでられている。野性動物は人間を恐れているので、こういったときにおとなしくしてくれていると何やらうれしい気持ちになる。日頃からひとに恐れられないように心がけてきたことが効を奏したかという気分になる(こどもたちにはなめられてたいへんであるが)。
 やがて塾も近くなり、おなかもすいているに違いないと、コンビにでパンを買う。みるとすずめちゃんはおとなしく買い物につきあっている。ああ、何やら明るい兆し!
 塾へ着くと、すでに待っているこどもがいて、急いで鍵をあけてヒーターのスイッチを入れる。こどもはトイレに行っていていない。すずめちゃんにパンをあげようと帽子から出すと、突然、すずめちゃんが飛び立ったではないか。そしてぱたぱたと飛んで窓ガラスにばしっ! あ、まずい。
 何とか捕まえて外へ連れ出す。パンを上げようとするが、勢いづいたすずめちゃんはそのままどこかへ飛んでいってしまたのであった。
 やれやれとりあえずやることはやったと部屋に戻って毛糸の帽子の中を見ると、けっこうたくさんの米つぶやらふんやらがついているのを発見。もしや食べすぎでのどにつまっていたのだろうか。私はそれをティッシュで取り除き、その後何食わぬ顔で授業をし、夜中にその帽子をかぶって自転車で帰ってきたのだが、坂の途中まで米つぶやふんのことはすっかり忘れていたのであった。もちろん、 すずめちゃんを見かけたときの絶望感、その後の解放感のことも。

 

12月11日(火)雪

 今日は夕方の仕事がひとつ減ったので、夜まで絵を描く。思いついて水彩画風のテンペラを1枚描いてみたが、何ともうまくいった。ひと筆ひと筆塗り重ねていく描法では、即興的なタッチにとぼしいように思っていたし、何よりそうした地味な作業をつづけていると、一気に描き上げる水彩のような気持ちよさを味わいたくなる。この描き方で数枚描いてみよう。

 12月に入って、パソコンの前に座る時間がめっきり減ってしまった。逆に言えばこれまで、特にテロ事件からは毎日ものすごい時間をキーボードを打つのに使っていたのだ。書くことはいくらでもあるのだが、今は絵を描く方に時間がいっている。
  数年前、塾でこどもたちに即興で語った物語を下敷きに、昨日書き始めた『ウィンター・ワンダーランド』も、もう息切れしてしまい、何とかクリスマスまでには書き上げたいと思っている。

 今日は一日、花びらのような軽い雪が舞っていた。結局積もることなく溶けていってしまったが、本当に雪はいい。今ごろ、海ではどんなだろう。今度また出かけてみよう。

 

12月10日(月)晴れ時々雪

 小野画廊に「資料」を送る。それを今度はこちらの地元の新聞社などに送り返してくるのだそうだ。
 よく個展などに行くと「経歴」というのがあって、いろいろ書いてあるものだが、こと私に関して言うとほとんど記載することがないので少し困っている。そのことを小野画廊さんに言うと、いやなくてもいいですよと言うのだが、確かにないものはないのだからしかたがないわけで、それだけ絵に対しての取り組みがなされていないということなのである。

 

12月9日(日)晴れときどき雪

 今日は久しぶりにどこへも行かない日曜日。パソコンの前に座ったり、録音をしたり、新聞を読んだりとゆっくり過ごす。

 

12月5日(水)雪

 朝起きてみると、外に雪が積もっていた。
 屋根がみんな白くなって、空はまるでがらんどう。
 それでもあたたかいのか歩道の雪はすでにとけて、
 てろてろと靴を汚しそうな風情を見せる。

 今ごろ野山はどんなだろうか。
 島や海ではどんなだろう。
 私は外をながめながら、
 それらの場所へ思いをめぐらす。

 またこんな季節がやってきたのだ。
 私の好きな雪の降る季節。
 私の好きな白い雪の降る季節。
 雪降るくにに生まれしことを
 雪降るくにに棲みたることを
 そこはかとなく
 うれしくぞ思ふ。

 

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