Atsushi Kadowaki 2002

 

 

 

 

 

器用仕事日記

〜2002年11月〜

11月30日(土)

 個展で1週間ほどお休みします。個展案内の詳細はこちら

 

11月29日(金)晴れ

 タイトルを印刷したり。今回出すのは絵画が9点にインスタレーションもどきが1点、そして「エイコーン」と「Gift」、「踏み絵」の鑑賞者参加型3点セットである(くわしくはこちら)。特にこの3点セットは、最近ごたごたしていてあまりよく自分でもどういうものなのかをきちんと把握していないところがあるのであやしいものなのだが、いつもこうしてやりながら理解していくので、器用仕事風でいいかなと思うことにする。だからいつも後で思い返して、あれはひどかったなぁと恥ずかしい思いをするのであるが。

 日曜から義父が入院している。今朝、あいさつをしてきたのだが、今回は今までとはどこかちがう雰囲気だ。しかしそんな中でも私を見ると、イスラエルを標的としたテロ事件のことを二言三言、口にする。ほとんどもうろうとした病床の中にあってもテロを憂う人がいるかと思えば、自分の展示のことで余裕をなくし、汲々としている私。

 昨日、長崎の学校で寮生活をしている塾の教え子から長文の手紙が届いた。小学生の頃に教えていたのだが、もう高校生である。死について、書かれていた。この夏、とても慕っていた祖母が亡くなったのだそうだ。彼は医者になりたいとがんばっている。それは生きること、生きていると意識する存在としての人間と関係がある、ということからで、以前から聞いてはいたのだが、祖母の死によってその思いは強くなったようだ。
 ただ、私はどちらかというと、医療と生や死とが、頭の中であまりうまく結びつかない。私のへんなプラトニズムがそうさせているのだろう。私は「来世」みたいなものを信じることはできないのだが、精神の永遠性については、たぶんほとんど無意識的に確信している。だから人の生死は、生物として生きている、物理的に存在しているということとは、あまり関係がないように思えてしまう。だから、医療の力で生や死を「解き明かし」たり、それに強く何かを確信させたり、「救ったり」することはできないのではないかと思えてしまう。生にはすでに死がふくまれている。それは「ある面」とかいったものではなく、それそのもの、浸透しあい、不可分で、アングルをかえると見え方がかわる、といったようなものではないのではないだろうか。

 

11月28日(木)雨のち晴れ

 絵を梱包し終わる。何やかやといろいろあって、結局、今回一番大きな展示になるはずだったF50号2連に描いていた丘の絵は完成せず、送らないことにした。とても大きくて迫力があるので、是非展示したかったのだが、未完成を展示するわけにもいかない。私の今の経済状態から考えて、当分画廊を借りての個展などはやれそうにないから、どうにも悔やまれるのではあるが、仕方ない。8月から描いてはいたのだが、私のペースではそれくらいだと半年はかかるということだ。
 これからこまごまとした作業にかかろう。「一度、徹夜してみたい」とか言っていた子どもがいたが、夢は夢で常に追い続けるものであってほしいものだ。

 

11月27日(水)晴れ一時雨

 はじまらない展覧会。梱包された絵が会場にただ置かれている。中身は何ヶ月もかけて制作されたものである。しかし荷はほどかれず、会場に来た人はその中身を見ることができない。中身の写真を展示してもいいかもしれない。本当に中身はあるのだろうか? 開けられない。それはとても勇気のいることだろう。たいへんな時間と金をかけて、見えない、ということだけを展示するのだから(cf.画廊に何も置かない、ということを展示したアート。あるいは、展覧会は初日から終っている、という張り紙を展示したアート)。

 包むことの両義性。そのやさしさと、それによって包み込み、抜け出せなくさせてしまう弱い圧力。しかし両義性をもたないものなどない。その綱の上をわたっていくだけだ。

 

11月26日(火)晴れ

 サムホールで、石の連作を描いたように、空の連作を描く。枯れ葉の連作もいいかもしれない。また、石の連作の、背景を白にしたもの。

 「青空が私の最初のアートだ」(イヴ・クライン)

 初期のコンセプチュアル・アーティストについての私の不満は、それが本当に表面的なお遊びに見えてしまうことだ。それはモダン・アートへの反発から、内容を排し、形式的な面を重視する、ということなのかもしれないが、それはすでに二項対立に陥っている。内容と形式はひとつのものである。青空を自分のアートだ、と言うことには内容が欠落している。腰が引けているように思う。信じられないほどの技術と時間をかけて作ったものを、単なる形式として扱う、というのはどうだろう。それだけで成立しそうになっているアートの視線をずらす、ということ。しかしその前に、アートがなくてはならない。

月の出

 

11月25日(月)くもりのち雨

 「正しい展示」。目下制作している50号2連からなる絵を、一方を斜めにぶらさげ、一方を床にこれまた斜めに立てかける。そして、「間違った展示」(つまり床に垂直、水平のいわゆる一般的な展示)を見たい方は声をかけてください、とただし書きしておく。見たい人とは、いっしょに「間違った」展示をする。どうだろう。

目下製作中の50号2連の絵。たぶん個展には間に合わない…

 今日はひさしぶりの雨降りだ。もうどんぐりも落葉も拾えないだろう。
 雨の絵を描く。石膏を塗った木製パネルにテンペラを塗り、かわく前に窓から地面に水平につきだして、雨をその画面で受けとめる。雨は休息だ。向かいの家の塀を工事していたふたりの若者も、後片付けをして引き上げるところである。

 包む。赤瀬川源平やクリストは、不透明な布でものを包んだが、サランラップのような透明なもので包む。すると中身が透けて見えるだろう。これで落葉や紙、写真、絵といったものを包んではどうだろう。およそ包んでも意味のなさそうなものを包む。包み込み、しかし包んでいるものは透明だ。

 

11月24日(日)くもり

 自分はひととはどこか違うのだ、という誤ってとらえがちな独我論を、私はいつもそれとなくにじみでるようにしたがっている。そういう自分を無化するために、そして同時に私がユニークである、というより正しい意味での独我論理解のために、私は一枚の枯れ葉のように生きていこう。私は他の人生を歩むこともできるのだが、ここに甘んじている、などというわけのわからない防御をするのは止めなくてはならない。

 仙台では毎年並木にイルミネーションを取り付ける。これを「光のページェント」と呼んでいるが、これはアートではない。
  「ではアートとは何か?」というのは短絡的だ。「アートそのもの」の存在を信じているわけではない。それがアートに「なる」のだ。それは「まだ」アートでは「ない」のだ。

 

11月23日(土)

 落葉、その軽さとはかなさ。それを使えないだろうか。趣味のよいディスプレイとしてでなく。

 

11月22日(金)晴れ

 少し快復。どんぐりを拾う。帽子をかぶった小さなどんぐりひとつを選び、落ちていた場所で写真撮影。このどんぐりが仙台から銀座の個展会場まで行き、街の景観の中に存在する写真を何枚か撮る予定。最後には私とともに戻って来て、またアトリエの裏山へ戻るというわけである。しかし、なぜ「彼」だけが選ばれ、特別な扱いを受け、大事にまた山へと返されるのか。ほかのたくさんのどんぐりたちも同じように返すつもりではあるが、それにしてもなぜそれらは選ばれ、運ばれ、また返されるのか。それは私にスピルバーグの映画『シンドラーのリスト』を思い起こさせる。『シンドラーのリスト』に載ったことで生き残ったユダヤ人は、殺された数に比して絶対的な少数者である。それなのに、なぜ私たちは彼らだけは助かってほしいような気になるのか。それはまた、多くの犬や猫が「動物愛護センター」で殺されていく中で、ニュースなどになった野良犬や捨て猫にはもらい手が殺到するのに似ている。しかしそれは「間違っている」わけではない。そうした私たちの「習性」を、私たちがうまく利用しきれていないのだと思う。それを紡いでいく作業が、求められているものだと思う。

 奥松島の絵にもやを入れる。とっても失敗してしまった。でも何とかなるだろう。

 

11月21日(木)晴れ

 風邪。

 

11月20日(水)晴れ

 風邪。

 

11月19日(火)晴れ

 ひさしぶりに少しだけ山の近くまで出かけた。やはりすばらしい。
 のどがいたい。風邪をひいたようだ。とてもまずい。
 種を植えることは、どこか埋葬するのに似ている。一方は喜ばしく、他方は悲しい。しかし喜びのうちにはすでに悲しみが宿っていわけだし、悲しみの中にも喜びのかげが含まれているものだ。生と死は、相反するものではない。

 

 

 

11月18日(月)晴れ

 街はものすごい落葉の量である。あまりにも美しい。しかしアートではない。

 

11月17日(日)晴れ

 小学5年生から高校2年生まで、私が家庭教師をしていたYojiくんに、久しぶりに会う(彼のHPはこちら)。ご両親からの要望で、「何をやってもいい」という話だったので、ずっと絵を描いたりどこかに出かけたり、話をつくったり、とにかくあんまり勉強しなかったのだが、とりあえずそれはいいとして、今回の個展の準備を手伝ってもらう。つまり、Giftづくりとどんぐり拾いである。ひさしぶりのアートな気分に彼も喜んでいたようだ(と思う)。

どんぐりを拾うYojiくん

 日本海に漂着したテレビは、どんなアートよりも美しく、神秘的だ。しかしそれはアートでも詩でも物語でもない(それ以上のもの=自然なのだ)。

朝日新聞11/15朝刊

 

11月16日(土)晴れ

 疲れた。

 

11月15日(金)晴れ

 今日も素晴らしい天気だった。個展に出そうと思っている大きなもののひとつで、奥松島を描いたものを黒く塗る。黒くしたのはよかったのかどうか。
 「Gift」のかたちがおおよそ整ってくる。テンペラに使っている顔料は、たぶん何にでも使えるピグメントというホルベインから出ているもので、ヤクルトくらいの大きさの瓶である。この空き瓶をさがすと、30本くらい見つかった。これにどんぐりをつめて、来た人にあげよう。また、パネルを塗るのに石膏を使っているのだが、これは1kg入りのプラスチック容器に入っている。空の容器がふたつあるので、これにどんぐりを入れて運ぼう。
 しかしいくら私の個展に来る人が少ないといっても、Giftはたかだか30本である。しかし贈り物というのは常にそういうものだ。必ず絶対多数の人の手には行き渡らない。つまり、贈り物はそのやさしげな精神に反して、常に選別的であり排他的である。しかも贈り物はおうおうにして、一方的なものとしては作用しない。では、われわれは贈り物をするのをやめるべきなのだろうか。それが民主的だから? ばかばかしい。それは生きものを殺さずには誰も生きていけないのだから、肉を食べないなんておかしい、というのと同じ論法だ。それは「純粋」で「真正」な何ものかを前提している。それはまったくの「哲学」だ。私はその中には生きていない。私はそこからすり抜けたい。しかしいくつもの網がはってあって、私を、われわれを、「哲学」させる。
 今日の空も美しかった。それはどこをとっても、いつであっても素晴らしい。しかしそれは「完璧」なのではない。「真実」であるわけでもない。いや、もう完璧や真実を語ってもいいのかもしれない。その裏に「哲学」がひそんでいないのならば。

 

11月14日(木)雨のち晴れ

 雨の降った晩秋の風景というのは、とても素晴らしい。しっとりとして、染み入るような美しさである。しかし全然野外へ行けない。今日あたりは、山はとても素晴らしいだろう。思えば私はそうして野外で拾ってきた風景を絵にしていくわけだが、こうしてずっと部屋の中で制作していると、そうしたいわば「栄養」補給がなされないから、来年はまったく秋の絵を制作できないかもしれない。なんと恐ろしいことだろう。

 観客のひとりが、絵を見ながら、美しい風景だと思い、どこを描いたものだろうと思案している。その横で、別のひとりが、その画面の上に並べられた顔料の配置の美しさに打たれ、その配置にはどんな美しさの規則があるのだろうと考えている。このふたりの話す言葉は、しかしおそらく同じ文法をもっているのだ。

 

11月13日(水)晴れのち雨

 絵画に向かいながら、いわばその前に立って、視界すべてでそれをとらえながら、絵画そのものとは別の何かを描いているように思いつつ、絵画を描くのか、それともそれを絵画としてとらえ、行為としてとらえながら、つまりそこから少し離れて、そこからこぼれ落ちるものを視野に入れるようにしてそれをするのかどうか、ということ。

 今日は30号の木の絵がやっと終盤にさしかかり、なんともうまくいきそうなのでとても気分がよくなる。私のテンペラの画面はとても脆弱なので、こすると絵具がこそげ落ちてしまう(磨くなどというのは問題外である)。それを技法として利用してみた。このままうまくいくとよいのだが。

 

11月12日(火)晴れ

 時間がないし、全然行く気もなかったのだが、なぜか導かれるようにして道を間違え、宮城県美術館の前を通ると、今日から『具体美術協会の作家』展をやっていて、思わず入ってしまう。このところ誰かにあやつられているようだ。現に今読んでいる本でも、ちょうど具体美術協会のあたりを読んだばっかりだったのだ。まだある。アトリエの近くにある中本誠司個人美術館は嶋本昭三とすごく密接に関わっていて、例の絵具の玉を落とす写真を見せられたばかりだ。
 展示の中では、上前智祐と菅野聖子がだんぜんよかった(名坂有子もけっこう)。いずれも「具体」の中では「ちゃんと」描いてる(作ってる)人で、私の言う「ちゃんと」というのはつまり時間と技術をかけて、という意味なのだが、私はやっぱり足で描いたり紙をつき破ったり、泥の中で格闘したりするのはちょっと…という保守派である。
 特に菅野は仙台出身とあって、宮城県美術館はけっこうすごいのも所蔵しているが、今回は「レヴィ=ストロースの世界」が出ていた。これは本当にいい。何時間でも見ていたい。レヴィ=ストロースが親族や神話の構造分析をしたように、彼女は絵画の構造分析に見事に成功している。「物語」なし、しかしどこまでも美しく、面白く、もうほとんど私の理想である。 往々にしてそういうものは考え方としては面白くても、作品としては見なくてもいいやと思ってしまうものが多いのだが、これはちがう。すばらしい。しかし絶対私はこんなものは作らないだろうと思う(作れたとしても)。

 今日は6号の小品がひとつ仕上がったので、かなり気分がよい。本当は出すつもりはないものだったのだが、どうにも気になって、どうしても出してくれと言っているようなので、手を入れてみたのである。半年近く壁にかかっていたものだ。

 「ユートピアづくり」と題した、これからの制作計画のためのメモがけっこうたまってきた。こういうのは実際にやるかどうかとは別に存在している。だから「ユートピア」なのだけれど。

 

11月11日(月)晴れ

 誰かに何かをあげるときには、それを「与えた」ということを悟られないほどの仕方であげたいと思う。何かを描くときも、それが何かを言おうとしていると悟られないほどの仕方で存在せしめられたら、と思う。それを見て、ただ、見る、というものに至ることはできないだろうかと夢想する。私ができなくともよい。誰かがそれを成功させていないかと思う。いや、私がそうした鑑賞者である瞬間が成就することがないだろうか、と思う。だから私は美しい鑑賞者としての子どもたちに感激するのかもしれない。彼らは批評の仕方も感想の述べ方も知らず、ただとにかくもどかしげに「これ、すごい」と顔を輝かせ、からだ全身でそれを訴える。それはもうほとんど完璧な鑑賞者のあり方のように思える。しかしだからといってそれを真似ることには、冒涜以上のどんな意味もない。悲しいことだが。

 個展に出す予定の一番大きな絵が今日一日でかなり進んだので、とても気分がよくなってくる。この1、2か月はずっとその絵の枯れ草を描いていたのだが(一本一本)、今日はその上に一気に枯れ草の色を塗った。あっという間にそれらしくなり、まるで予想もしていなかった風景、そのパネルの中に生まれ、生成していく存在のリアルさを感じる。それは少しすると見慣れてしまい、どうということもなくなってしまうのだろうが。

 

11月10日(日)晴れ

 Giftが贈り物である一方、毒を意味する、というのはとても意味深い。アラブのことわざ「親戚はさそり」みたいなものだ。「純粋に」ひとに何かをあげる、与える、ということはできない(とデリダは言う)。それはどうしても交換、すなわち何かと引きかえになってしまう、と。
 しかしわれわれは、たとえわずかにせよ、そして100%でないにせよ、それが贈り物になることを知っているし、それを美しいということを知っている(たとえばO・ヘンリーの『賢者の贈り物』のたぐい)。それが毒を含んでいることを知りながらも、それでも贈り物になることを願って、われわれはひとにそれを手渡さねばならない。同じように、私は絵を描かねばならない。それが「物語」を脱することができないとしても。

 うちの近くのセブンイレブンで、なぜかガンダムのプラモデルを突然売り出した。私が小学生の頃に見たものとまったく同じである。しかも売られているのは「ガンダム」と「シャア専用ザク」のふたつきりである(それが山になっている)。私はふと、この中身を入れ替えて、ガンダムにはザク、ザクにはガンダムを入れておいたらどうだろう、と思う。それをレディ・メイドとして展示するのだ。しかも知ってのとおり(たぶん)、ガンダムとザクは敵同士であり、一方は白で他方は赤、一方は一機しかない試作品で他方は赤でペイントされて「3倍」とはいえ量産型(とパッケージに書いてある)という好対照をなしている。しかしこの両者は結局のところ単なる駒にすぎず、両者が戦えば戦うほど得をするもののために火花を散らし、それを悟ってはいても、どうすることもできない。だから中身を入れ替えてもおんなじなのである。どうだろう、このすごいアイロニーと批判精神。アートにするにはちょっと古すぎるだろうか。

 

11月9日(土)晴れのち雪

 初雪が降った。土曜は一日塾なので何もできない。雪はいい。こんなものはとても作れない。

 

11月8日(金)晴れ

 私は、芸術になにかをさせる、ということには強烈な違和感を覚えるのだが、それは目的があって、それにあわせた物語を作り出すこと、別の言い方をすれば、誤解されないためには演技だって必要だ、といった態度には「不純」なものを感じてしまうからだと思う。もちろんそれは「純粋」なものの存在を想定している時点で終っている、と言われてしまえばそれまでなのだが、そうした落ち着き払ったものわかりのよい態度には、また別の意味でいらいらさせられる。そもそもできないことをやろうというのが芸術であるし、いや芸術などではなく人間の生であろう、と言いたくなる。
 さて、話がねこ道にそれたが、しかしそうは言っても、どうでもいいものよりはすぐれたものの方が断然いい。私はとある動物保護団体に入っているが、そこでチャリティで売っているものはどれもひどすぎて買えない。もちろんチャリティなのだから、寄付することが目的なわけだが、しかしそれは寄付であるがゆえに何かを大目に見るべきだ、ということとは別問題である。
 そこでやっと本題に入るが、SATOKOはいい。みんな買うべきだ。私はホンキでそう思う。

 

11月7日(木)晴れ

 コンドルこと小林修一氏から個展の案内が届く(詳しくはこちら)。どこか水墨画の趣きを感じさせる透明水彩による氏の作品は、どこまでもシャープである。私が身内の者たちから「あひるくん」と呼ばれていることも考えあわせると、何もかもが雲泥の差である。

 SATOKOのStrings QuartetバージョンCDが届く(詳しくはこちら)。明日アトリエでゆっくり聞こう。

 実はまったく絵ができていない。輸送にかかる日数などを考え合わせると、実質的に制作できる日はあと約17日間であることに思い当たる。これは信じられないことである。どんぐり拾いもあと2日残っている。私は静かにこのプレッシャーに耐えているのであるが、耐えていたところで絵ができるわけでもないので、早く寝てアトリエに向かわねばと思うのである(しかし早く寝ても遅く寝ても起きる時間は経験的に言って、だいたい同じであるということは、実に不可思議なことではある)。

 フランスの情況主義派の「デリーヴ(派生、散歩)」「デトゥルヌマン(迂回)」にとても興味をもつ。しかし本当に私は何ひとつ知らない。

 

11月6日(水)晴れ

 あなたのしていることにはどんな意味もないし、価値もない。そもそもあなたという存在そのものがそうなのだ、と言われたら、私はいったいそれについてどう考えたらいいのだろう。しかしそれは特にめずらしいことではないのかもしれない。

 

11月5日(火)晴れ

 今日もずっとアトリエで描いた。しかし進まない。

 

11月4日(月)晴れ

 アトリエの裏は公園になっていて、沼を擁する自然林が広がっているのだが、今日始めて歩いてみた。8月から借り始めたから、4か月目にして初めて、である。思えばアトリエを借りてからというもの、一度たりとも野外スケッチに出かけることなく、くる日もくる日もアトリエで制作していたというわけで、ほんの裏山への踏み入れずにいたわけだ(どんぐりは拾ったが)。

 どうせ額縁は高くて買えないので、木製パネルをタイルのように組み合わせた立体的な展示プランを考える。むろん、次の個展にはぜんっぜん間に合わないので、ふと思いついたことをメモしたに過ぎない(こちら)

11月3日(日)晴れのち雨

 制作時間はあと3週間あまりしかなくなってしまったのだが、ほとんどが完成とはほど遠い。いったいどうしたらよいのだろう。

 絵を描くことよりももっと大切なことがある、ということを折りにふれて主張されること。そんなとき、いったいどうしたらよいのだろう。

 最近とっても寒いので、アトリエでは手袋をして描いている。野外スケッチみたいで楽しい。

 

11月2日(土)くもり

 とても寒い日だった。床屋に行く。前に行ったのが今年の2月頃であるから、もう9か月近くぶりに髪を切ったわけだ。別にのばそうと思っていたわけではないのだが、何やかやと切る時間がなく、いつの間にかすごい長髪になっていて、塾に来ているほとんどの子どもよりも長かったと言える。そして切った後、自転車で夜の街を走っていると、首まわりなどが実に寒かった。なぜわれわれは髪を切るのだろう。あんなにあたたかくてやさしいものを。

 

11月1日(金)雨

 「センダイアートアニュアル2002」で、わたしが気に入った作品がある。亀山賀世さんという方の「少女時代」という作品で、タイトル通りあからさまに「乙女チック」な世界なのだが、それがたいへん趣味よくまとまっていて、10代向けのローラ・アシュレイといった感じ。そのナイーブな華やかさといい、少し小さめの奥ゆかしい展示といい、あまりに少女趣味な趣きといい、フェミニンな世界があまりに無邪気に露呈されると、逆に別の地平を開いていくように思われる。この手放しの女性性への賛歌、純心なものへのあこがれ、遠い日への追憶、といった道具立ては、私にどこか「愛憎入り混じった」という表現を思い浮かばせる。つまり、私たちは、自分が最も愛し、いとおしんでいるものが、実は最も憎み、忌み嫌うものになりうるのではないか、そうした「はかなさ」そのものの表現、両義性というものを、そこに読み取るのは、深読みというものだろうか。
 ちなみにうちに有機野菜を届けてくれる「すがわらやおや」のすがわらさんの娘さんも出品されていて、偶然初日に塾の子どもと出かけて行って、手にとって遊んだものが彼女の作品だったという。

 「踏み絵」のモチーフとしては、枯れ草、砂浜、川、海、空、といったものが考えられるだろう。
 鏡があまり一般的でなかった時代、人々が自分をうつしたのは水面においてであったろう。つまりそれは水平に置かれていたわけだ。イーゼル画と呼ばれるものは、イーゼルにかけて垂直方向に置かれるが、日本画などは水平にして描く。ちなみに私もテンペラ画をほとんど水平に置いて描く。そして踏み絵は水平にして描かれ、置かれ、私たちをうつす鏡となる。

 

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