|
3月31日(日)曇り
今日で3月も終わり。自分のホームページを見ていたら、ちょうど去年の3月にスタートしたらしく、月末時点のヒット数が63とある(こちら)。パソコンが来てからというもの、ほとんどホームページ作りに時間を費やしたといってもいいかもしれない。こうして1年が過ぎ、いったいそれはどういうことだったのか。
銀座でわざわざ個展をしてみて、絵を送ったり滞在したりというのを考えると、今住んでいる仙台で個展をしたらとっても楽なような気がして、突然思いつきで仙台にある画廊を少し見て回る。
実は私は怖がりなので、画廊、という名前を聞いただけで気後れがしてしまう。個展を開くからと去年の夏、銀座の画廊を見て回るまでは、ほとんど入ったことがなかった。きっと絵を描いていなかったら、一生画廊に足を踏み入れることもなかったと思う。
だから仙台にある画廊も、一度も入ったことがなかった。私が個展をした会場に比べると、どこも実に居心地がよさそうだし、ていねいなつくりである。今度資料をもって行こう。
古本屋さんで何冊か買い物をする。1989年6月の『現代思想』の巻頭に、奥出直人氏の「コンピュータ上のソクラテス」という文章が載っている。「ソウトラインthoughtline」というコンピュータ・ソフトが発売になったという話なのだが、そのソフトは考えていることを打ち込むと、それを批判したりほめてくれたりして、最後に結果として、論理的なディスコースを書くためのアウトラインにまとめてくれる、というものなのだそうだ。
なんか昔、この手のSFが現実となるような風潮が、どこかにあったような気がするが、今そうした話はどこへ行ってしまったのだろう。そういう意味で、妙になつかしい感触をもった話題だった。
そして筆者は実際にその「ソウトライン」を使って論文を書いてみるのだが、そこで私は少しびっくりしてしまう。奥出氏は「ソウトライン」に、アメリカ人は民主主義を道徳だと思っているが、日本人はそうではない、と話しかけるのだ。ゆえに消費文化はアメリカでは民主主義と敵対関係にあるとされるのに対し、日本ではそれこそが民主主義を保証するものと考えている、と。つまり、「アメリカにおいては道徳的な側面を強調した民主主義が階級構造の維持に役立っている」(前掲書p12)。
テロ事件を前にして、なぜ私たちはこれほど憎まれなければならないのか、という問いが、アメリカ人の口からどうして発せられるのかがこれで氷解したというような思いがした。自由民主主義と平等主義は相容れない、ということは前々からわかってはいるつもりだったが、本当の意味で「相容れない」とは私は思っていなかったのだろう。自らの繁栄が、自分たちの道徳的価値と結びついている、というプロテスタンティズムの倫理観についても、知ってはいても、本気にはしていなかったのだと思う。この13年前に書かれた端的な指摘は――それを鵜呑みにするには少し単純すぎるかもしれないが――テロ事件中に書かれたどんなアメリカについての文章よりも、わかりやすく鋭いものに、私には思えた。
ふっと、この重たい日常、自分という生物学的存在を維持するために費やされるもろもろの活動や時間の量について考えると、気の遠くなる思いがする。何のために生きているのか、という問いに対するこたえは、私にとってはほとんど自明のことに思えるが、どうしてこんなに生活するためにいろいろなものが必要なのか、という問いにはほとんど手放しの共感をおぼえずにはいられない。本当に、どうしてなのだろう。といって、そのこたえを期待しているわけではもちろんないが。それとも単に貧乏なのが問題なのだろうか。ああ、そうかもしれない。どうだろう。どうでしょう。
3月30日(土)晴れ
今日はいったん、昼過ぎに仕事が終わったので、ひさしぶりに自転車で帰る。桜のつぼみが、一列に並んだ桜並木の枝の上重なって、渋い小豆色に見える。
マンションに住んでいるのだが、帰宅してドアを開けると、ばかゴル(猫)が待ち構えていて、さぁーっと出て行く。さがしに行くと逃げるので、知らんぷりして、少ししてからドアを開ける。ふだんはそのまま入って来るのだが、今日はまただだぁーっと逃げて行く。とても頭にくる。
やおやさんからやって来たレタスにミミズくんが入っているという妻の通報を受け、あけてみてびっくり。かわいらしい青がえるくんが隠れていました。少し冷蔵庫に入れていたせいか、かえるくんはあまり生きがよくない。梅雨どきにはかえるくんたちのものすごい合唱が聞こえる近くの空き地にはなしに行くと、ぴょおん、ぴょうんとかえるくんははねて行きました。色合いといい、お姿といい、実にかわいらしいかえるくんだったなぁ。
「個展日記」が完成する。
3月29日(金)曇りのち雨
個展が終わって、返って来た絵の入ったダンボールが、入りきらずに廊下や入り口に立てかけてある。絵を描こうと思う前にまずそのむなしい程に邪魔くさい姿が目に入り、置き場所のことを考えると、どうにもゆううつな気分になってしまう。
今日の「アリー・マイ・ラブ」はつまらなかった。先週、個展中に見た回はおもしろかったのに。「ダーマとグレッグ」も当たり外れが激しかったのを思い出す。でも、ものごとって、みんなそういうものだ。
トラぶんが何かにじゃれて遊んでいる。ゴルはどこかへ行ってしまった。
今日はスパゲティを作って食べた。本当は行きつけの店のスパゲティを食べたいなと思ったのだが、突然自分で作るのもいいかもしれないと。
明日は土曜日。がんばっていこう。
3月28日(木)晴れ
もうだめかもしれない、と思ってからが勝負なのだが、このところほとんど毎日そんな調子なので、本当にもうだめかもしれないとめげてしまう。少しでも励みになるものがあるとすれば、それはプラトンのような人もそんなことがあったに違いないという連帯感だけで、でもどうなのだろう、レベルが違いすぎてお話にもならないか。
それ以上遡行できない問い。問いにならない問い。問いという形式をとった別のもの。
まわりがどんどん取り囲まれ、まわりがどんどんと削り落とされ、もう私は自分の足の置き場もない。
明白なこたえ。こたえにならないこたえ。こたえという形式をとったまるで別のもの。
3月27日(水)雨のち曇り
レミー・シャンドのデビュー・アルバム『ザ・ウェイ・アイ・フィール』を買う。とても素晴らしい。何でもモータウン上げての力の入れようで、満足いくまでアルバムは出さなくていい、という異例の条件でできたアルバムだという。ということで、このアルバムの制作には4年の月日が費やされたそうで、しかし4年もやってるのに新人とかデビュー・アルバムというのもちょっと。
でも、そんなにきちんと作る環境をもてても、自分だったらこんなすごいもの、作れないだろうなとは思う。きっとプレッシャーで、すぐ中途半端なものを出してしまうだろうなぁ。
3月26日(火)晴れ
昼休み、久しぶりにピアノにさわる。とても澄んだ気持ちになる。
先週から私はあまり食べずにいる。食べずにいるのが心地よい。私たちは何かを食べなくてはならないという気持ちにかられ過ぎているように思う。そこから自由でいることは、とても平安なことに思える。
3月25日(月)晴れ
今日はネットのみなさんのところに、ものすごい時間をかけてあいさつまわりをする。あっという間に夜中になってしまった。そして時は何ごともなかったかのように過ぎていく。
私を日常が流していく。日常に私が流されていく。私は少しずつ忘れていき、そしていつかそれを完全に失ったときに思い出し、そうして再び思うのだろう。どうしてあの時そうしなかったのかと。
3月24日(日)晴れ
昨日の夕方、個展が終わり、夜遅く仙台に着く。それから明け方くらいまで妻と話をしていたのだが、ほとんど眠れずに起きていた。そしてもう早くも今日も終わる。
明日からは春期講習。でも救いなのは、朝から夕方くらいまでで終わること。じっくり考える時間がありそうなこと。
個展は本当に勉強になりました。来てくださったみなさま、どうもありがとうございました。実はまたこりずに、早ければ今年中にも同じ場所で開催することになっていますので、またどうぞおこしください。
3月15日(金)雨のち晴れ、夜また雨
夜中の2時過ぎ(つまりもう16日)だが、実に長い一日であった。
思えば昨日は昼間よく寝たために、夜は全然眠れず、思いついて日の出でも見んとて松島へと朝4時の街道へ繰り出したのであった。しかしあいにく車を走らせていると雨が降り出し、結局日の出は拝めなかったのだが、この雨が思いのほかすばらしく、奥松島にある嵯峨渓という絶景の場所があるのだが、もう屏風絵でも見ているかのようであった。たれこめる曇り空が海の限りなく色を失った緑と溶け合って、どこが境目とも知れない。折から振り出した雨に白波が逆立ち、岩を洗う。ふたつみつ見える岩の島には、たった一本だけ、松を擁したものも見える。ぜひともこれを今度は絵にしよう、パネルを横に2枚か3枚つかってものすごく横長の画面にしてみようなどと思いながら帰ってきたのであった。
しかしそれから準備を始めたのだが、これがよくわからないのだが結構こまごまと残っていて、荷物を送ったり、なんやかやとするうちに時間ばかりがたっていく。そして何と伏兵確定申告(今日まで)が手つかずで残っていたことに気づいて大きな衝撃を受けたり。
そうこうするうちに当初のアイデアはよく練られもせず、こんなもんでいいか、もう夜中だし、ということでいいかげんな文章をザラ紙みたいな紙に印字して、それを個展会場にはりつけることになってしまった。すごく激しい花粉攻撃にさらされながら、現像してきた写真をホームページにアップ。
こうして明日夕方5時の搬入へと向かうわけだが、果たして絵は無事に届くのだろうか。はたまた会場設営はとどこおりなく行われるのであろうか。とりあえずこうして1週間、このサイトもお休みである。その間はこの前買ったものすごく分厚いザラ紙のノートに日記を書いていこう。やはり自分の指で書くというのはいいものだ。いっぱい本も読めそうなので10冊くらい送った。たくさん勉強しよう。
それではみなさん、さようなら。

Atsushi Kadowaki 2002
3月14日(木)晴れ
今日は突然、何もする気が起こらず、ただひたすらに寝ていた。すると夕方になって塾へ出かける時間になった。
愛弟子だけあってマルコムのウィトゲンシュタイン解説はすばらしい。「説明」についての言葉、「原題の凡ての世界観の根底には、いわゆる自然法則は自然現象の説明である、という幻想が存在する」(『論理哲学論考』6.371)を通して語られる次の文章は、『論考』4.111以下、哲学について語らえる部分の解説にもなっている。
「哲学は、経験科学ではない。しかし哲学では、古代から、説明をするという伝統が支配的であった。哲学者たちは、美、正義、知識、といった概念に魅せられ、かつ、悩まされてきた。彼らは、正義とは何であるか、知識とは何であるか、ということを見いだしたいと欲していた。しかし彼らが専念したのは、世界における行為とか事象について、ではなく、それらの語の意味について、であった。(中略)それは、化学とか物理学において行われる説明とは、別の形の説明であり、別の種類の分析である。しかしそれは、依然として分析であり、説明であろう」(ノーマン・マルコム『ウィトゲンシュタインと宗教』1993)
ところで、私は、自分の絵がどこを描いたものなのか、ということは本当にどうでもいいことだと思っている。また、私のつけたタイトル、例えば枯れた野を描いた「枯れ野」というタイトルなど、本当にばかげたものに見えるだろうと思っている。
しかし今回の個展で私が目指したものの多くは、すべてこんな具合なのだ。
それが最初、どこか特定の、その、他でもないまさにその場所として私に認識され、そこから一つのスケッチとして写し取られ、やがてその固有の場所を表わす記号は無意味なものとして削られ、はぎとられ、石膏パネルの上に描き出されていく。そうしてその固有性、特異性を限りなく失って、私にとってそれそのものとなる。
私は今回の制作の中で、繰り返しそうした体験をした。そして残ったもの、つまり描かれたものはと言えば、遠く、はじめに私が第一歩を踏み出したその風景からは遠く離れ、私にとってのそれそのもの、枯れ野そのもの、日差しそのもの、牛舎そのものとなったのである。
それらの絵がどこを描いたものなのか、それらのタイトルがどうしてこんなにもばかげたものに見えるのか、これでわかってもらえただろうか。
しかしこれは「それらそのもの」、つまり真理への、イデアへの信仰にも似たものを含んでいるという意味で、私が次に超えていくべきものに違いない。
イデアを、作られたものとしてあるべき世界を、限りなく無化していこうとするのが、近代の営み、モダンアートの原動力であったとするなら、その残骸の中から再生してくるもの、再生するべきものとは何であるか。
結論から言うなら、それはすでに存在したものに、新たな意味を読み直していく、地味で地道なものであろう。すべてを首尾一貫して説明するような、強力で強大な力と体系をもったものではなく、かすかな心のゆらぎ、かすかな意味のぶれ、かすかな認識のゆれのようなものを、ひとつひとつ積み重ねていく、気の遠くなるような営み、小さな物語の総体としてのそれではないだろうか。
3月13日(水)晴れ
個展会場へ絵を送る日である。知り合いの画材屋さんに梱包と発送を頼むことにしたので安心していたのだが、はっと気づくと画材屋さんまで運ぶための梱包している自分。これでは梱包を頼んで安心していた意味がないではないか(このことをすでに掲示板で指摘してくれていた方もいたことにうっすらと気がつく)。
結局ものすごい時間かかって梱包作業を行い、絵を出した後は松島にでも行って久しぶりに夕日でも見ようと思っていたのに画材屋さんに着いたのは日暮れ時。しかも画材屋さんではお客さんがちょうど切れた折だったようで、だんごを出してさぁおやつタイムという何とも間の悪いタイミング(まぜてもらったが)。
とりあえずこれで作業もほぼ終わった。絵はすでに先週で区切りをつけていたのでもうすべてが本当に終わったような気分である。個展がまだ開かれていないということが何より不思議でならない。去年までカレンダーを作っていたのだが、夏ごろにはその作業が終わるので、年末ごろにはまだ今年が終わっていないのかとすごく異様な気分になるが、あんな感じである。
とにかく私の仕事は終わった。もう早く次へと進みたい。新学期のこどもたちの気分である。
今回の個展では、思いつきで「枯れ野」をテーマに決めたところ、それが2,3年前までずっと積み上げてきていたものだったこともあって、このテーマに関する対象のとらえ方や描法で、格段の進歩が見られたと思う。特に枯れ草の描き方については、いく通りもの描き方をためすことができ(さらにいくつかのアイデアもあるが)、かなり研究することができて満足である。
次のテーマとしては、ここ2,3年取り組んでいる水についての表現を研究していこうと思う。これはとても難しそうである。その他、空や木、緑の草や雪と、取り組むべきテーマはたくさんあるのだが、ひとつひとつ、あるいは並行しながら、深めていきたいと思っている。
そこで例えば、A型であるがO型が入っている私なので、おそらくはやらないとは思うが、絵に番号をつけるという構想を思いつく。よく通し番号をつけている人を見かけるが(ジョナサン・ボロフスキーは番号付けそのものを作品にすら高めたが)、単なる通し番号ではなく、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』からアイデアを得たものなのだが、いくつかのテーマあるいはスタイルに大きく一桁の番号をつけ、小数点以下にそのテーマの小分類を、さらにその下の位の数字を通し番号とする、というもので、例えば先の私のテーマに沿って言えば、大分類「草」(1)、小分類「枯れ草」(1)、これに3桁くらいの通し番号、さらに画材をアルファベットかなにかで付け加えてもいい(テンペラならT、水彩ならWなど)。すると小数点以下第4位くらいの番号となる。
例えば枯れ草をテンペラで描いた5番目の絵なら、「1.1005T」、「水」(大分類2)で、「海」(小分類2)を描いた13番目の水彩画なら、「2.2013W」など。頭が痛くなりそうな反面、今自分が取り組んでいるテーマが何であり、それについてどれだけの量を描いたかがひとめでわかりそうでいいような気もする。
少し前に、絵画の時間性について書いたが、それについて思い当たることとして、私が自分の絵の制作過程をかなり熱心に写真に撮っているということがある。
なぜ私が未完成(完成ということがありうればの話だが)の状態の絵を写真に撮るのかと言えば、それがどういう過程を経てできたのかをとどめておきたいからには違いないのではあるが、しかしその場合、必ずしも最終的な形が最もいい、つまり過程はすべて完成へ向かう道筋でありうるのか、という感覚からくるものであるように思う。
例えば私は、石膏を塗ったパネルの上に、コツコツと音を立てて描いた鉛筆の下絵に対して、その後無数の筆を塗り重ねて出来上がったものよりも、ずっといいもの、優れているというよりはずっと好感をもつことがある。さらに、薄く絵具をしみこませるようにして塗った後のにじんだような様子や、ひと筆で表現された勢いなど、もうそのまま動かしたくないと思うことがある。そして、そうしたすべての瞬間が、すべて「その絵」なのである。
1枚の絵の上に、空の一日の移り変わりを描こうとする人がいたとしてみよう。朝、白々と明けそめた空を描くことからその人は始める。光に満ちた朝の空。その後空はぐんぐん青さを増していく。その人はそれをどんどん描いていく。鳥が飛び、雲が流れる。やがて夕日。そして一日の終わりは色を失った空の様子で幕を閉じる。家に帰ってその人が差し出す画面にわれわれが見るのは、この最後の、たったひとつの空の様子、それも、最もつまらない瞬間を描いたものであるかもしれないのだ。
時がたつということは、よりよい方向へ向かうということを意味しない。閉じられた時間の中に押し込められた世界よりも、私にはもっといい時があったという可能性の方がずっと魅力的である。
誤解を恐れずに言うならば、結果として世界がどうなろうと問題ではない。われわれがその世界とどう対峙したかが問題なのだ。そしてこれこそまさに、
ウィトゲンシュタインが言うところの、「すべての事実は課題のためにある。解決のためにあるのではない」(『論理哲学論考』6.4321)ということに他ならない(逆に言えば問題がすべて解決すれば事実がこの世界から消滅する)。
DMをまだほとんど出していないので、知り合いにだけでも出しておこう。
3月12日(火)晴れ
ウィトゲンシュタインに学んだノーマン・マルコムの絶筆である『ウィトゲンシュタインと宗教』(ピーター・ウィンチ編、1993)を読んでいるが、『雑考』から、1947年のウィトゲンシュタインの次の言葉が取り上げられている。
「私がしている仕事には、そもそもやるだけの価値があるのであろうか? もちろんある。ただしそれは、上からの光を受けている限りにおいて、である。そして、もし、上からの光を受けている限りにおいて、であるからば、――なぜ私は、自分の仕事の成果が盗まれるのではないかと、心配しなくてはならないのか? もし、私が書いたものが実際に価値あるものであるならば、どうやって人は私からその価値あるものを盗むのであろうか? もし上からの光が存在しないならば、私はただ単なる器用な人間であるに過ぎないのである」
マルコムは「上からの光を受けている限りにおいて」について、これを『新約聖書』の「ヤコブの手紙」中の「良い贈り物、完全な賜物はみな、上から、光の源である御父から来るのです」(1・17)を対照させ、「仕事の成果が盗まれる」というくだりについては、『哲学的探究』序文での「私が、講義や書かれたものや議論で人々に伝えた私の成果が、流布の家庭で幾重にも誤解され、多かれ少なかれ薄められたり切り裂かれたりした、ということを耳にせざるを得なかった。…このことによって、私の虚栄心は傷つけられ、私はそれを静めるのに苦労した」を取り上げる。
自分の仕事、行為に価値があるかどうかについて、われわれにはどんな確信もありえない。それが単に経済的な意味や世俗的な意味合いにおいては。良くてもそれがある国家においては、法的に保証されている、という程度に過ぎない。
日々飢えや病気や人災によって死んでいく人や動物が信じられない桁数にのぼることを知りながら、自分の求める知的活動や芸術活動、あるいは単なる経済活動に専念することにどれほどの価値があるのか、私にははっきりこたえることができない。おそらく価値などほとんどない、と言っても言いすぎではないだろう。もしかしたら、価値がないどころかそうした行為をつづけることは犯罪であるのかもしれない。
それでものうのうと、ずうずうしくも、毎日自分のことに専念していられるのは、ひとつにはこの「上からの光」の存在を信じているからのように思える。私は残念ながら、明白な信仰はもっていないが、「上からの光」についてはかなりの確信をもって信じていると言える。もっとも、私流の言い方をすれば、「各人の与えられたものを掘りあてる」ということになるが。
私は、われわれはみなもって生まれたものを見つけるべく専心しなくてはならない、と直感している。これについて私はまったく満足な説明をすることはできない。ここ数年、そう思うようになったというだけのことである。しかしおそらく同じようなことを感じている人はあまたいるはずで、それが何より心の支えである。
そしてそれがわれわれの意志によって与えられたものでない以上、われわれはその才能の種類について責任をもたない一方、与えられた才能についてはそれを向上させ、なるべくいい状態までもっていく責務を負っているように思う。
また、それが各人に割り当てられたものである以上、「盗む」ということが成立しないことは言うまでもない。
「盗む」という言葉がもつ意味は、ある人に属する経済的利益が、不法に他者に渡るということであろう。だからこれは経済的な問題に過ぎない。才能が盗まれる、ということはありえない。それが比ゆ的に意味するところがあるとすれば、それはある才能がほかの才能に影響を与えた、ということであろう。それによって生じる経済的効果について言うならば、確かにそれは「盗まれた」ということになるのだろうが、いったい、経済的問題はこの場合どんな意味があるのだろう。ある経済状態に恵まれないとある才能を開花させることができない、という問題が考えられる。しかしそうだからといって、それを開花すべく尽力するならば、結果的にどうであれその問題は解消されるのではないか。つまり与えられたものに対して誠実であったということについてわれわれは責務を負っているように見えるのだから。
3月11日(月)晴れ
個展に出す絵を描くことで、いつもより増している集中度、エネルギー、アイデアを、このまま消失させてしまうのはもったいないと、わずかな間ではあるが、次の絵を描き始めている。でもたぶんこうしたものは、学生時代のテスト前の状態と同じで、テストが終わったらあれもこれもやろうと思っていても、結局何もせずにまたテスト前になると同じことを繰り返すという、あれに似ている。
今日は40号のパネルを4枚塗って、30号の空の絵を描いている。失敗した石膏パネルがたくさんあるので、上から石膏をまた塗って、スケッチ風のテンペラ画を描こうと思っている。
「無料グリーティングカードサービス」というのに登録。このページから好きな絵と文章を使ってメールが出せるらしい。
3月10日(日)曇り時々雨
今日は久しぶりに天気がくずれ、しかしあたたかな雨。雨はいい。
ずっと行っていなかった丘へ行く。この絵やこの絵やこの絵の題材となったところである。2年ぶりくらいだと思うのだが、案の定、地形以外はかなり変わっていて、農機具はすべてなくなっているし、葦の原もずいぶん減ってしまっていた。
今回の個展では、こうした、2、3年前までせっせと通って描いていた場所の絵を新たにテンペラに描きなおして展示するのだが、本当にここ2、3年はずっとそれらいわゆる枯れた野とは無縁の場所へと通いつめていたことに気づかされる。どこへ行っていたかといえば、松島湾に浮かぶ孤島や松島湾岸といった海方面であり、山の方面でも行くのは川や沼などいずれも水気のある潤ったところで、それまで通っていたかわいた枯れた野とはずいぶん違うところである。そしてそうした熟成の期間があったからこそ、対象として描くようになったのかもしれない。
今回の個展に出すテンペラ画はほとんどがこの半年の間に制作したものなのだが、おおまかなモチーフは現場でのスケッチや写真をもとにしてはいるものの、ディテールや構図は描いていく中で生まれてきたものである。実物を見ないで描くことなどできない、と少し前なら思っていた。しかし今回、ずっと外へ出ずに制作してきて、草や木をながめながら歩いた記憶、それらを描いた記憶が私の目や手の中に失われずに残っていたこと、それを通して十分に制作ができたこと、逆に実物から離れることで新たな、ずっと表面的でないものを描くということができたように思えたこと、こうした点が収穫であると思う。
むろん、この個展が終わった後は、さらにこうした記憶を補給するために、新たなスケッチへと出かけることが必要となるであろう。

Atsushi Kadowaki 2002
ほとんどの芸術作品の上では、時間は超越的に扱われている。これをどう取り込んでいくのか。そのひとつの可能性が、いわゆるアクション・ペインティングなのではないかと思う。その意味で、私はヴィレム・デ・クーニングやジャクソン・ポロックにとてもひかれる。私自身、とてもひどいものではあれ、そうした時間、身振りのようなものを画面に定着させようとしたことはあった。私が以前描いた抽象画はそうしたものであると言える(全然それに成功していないが)。いずれこうした時間性について、しっかりと取り組んでいかねばならない。
しかしなぜこんなことをふと思い出したかと言えば、さっきお風呂に入っているときに突然、宮城県美術館が所蔵している誰のものだか忘れたとある作品を思い出したからである。それは四角いタイルのようなものを鉛筆で削っていく様子を表現したもので、天井から床まで3メートルほどの作品なのであるが、一番上が1分間(?)鉛筆で削ったと(なぜか英語で)書かれた、ほとんど削られていないタイルが横に20枚くらい並んでおり、以下同じようにして2分、3分(だったと思う)というように削る時間が増えていき、最後の列は、タイルがほぼ消滅しているというものであった。
ずっと何を表現したものなのかわからなかったが、お風呂の中で、あれは時間を表現したもの、時間を作品として定着させることにある程度成功したものなのだと気づいた。きっとお風呂の中に何かそう思わせるきっかけがあったのかもしれないが忘れてしまった。
忘れたと言えば最近もの忘れが激しく、今日は俳優のニコラス・ケイジの名前がどうしても思い出せず、それでもがんばっているとやがて3分くらいして思い出せた。いったいこれはどういうことなのか。何か特にきっかけがあって思い出したのではない。ただがんばっていたら思い出せたのである。しかし思い出した瞬間までの間はずっと思い出せず、彼のあのくどいまゆの辺りをひたすら頭に思い浮かべていたのである。思い出した瞬間とそれまでの間にはどのような違いがあるのか。これはいったいどういうことなのか。

Atsushi Kadowaki 2002
3月9日(土)晴れ
最近あたたかいなぁと思っていると、もう3月も9日である。2月下旬から、いつ寒さがぶりかえすかと思っていたのだが、ずっとあたたかい日がつづいている。仙台の並木通りの並木もせんてい作業が終わり、さっぱりしてしまった。いつもせんていが終わる前の姿を絵に描くか写真に撮るかしようと思っているのだが、今年もだめである。
今日買って来たばかりのシャーディのライブ・アルバム『sade lovers live』(2002)を聞く。すごくいい。
最後の仕上げにと空を描いているうちに、単独で空の絵を描いてみようと思うようになった。確かに写真でも空を撮ることが多くなり、最近頭を占めているのも、「見えないもの」のsayaさんの次のような言葉である。
ぼんやり
見上げた空に
なにをみてるんだろう
思えば空とは、目に見え、それと指し示すことができるものでありながら、その存在は希薄であり、いわば何もない場、文字通り「空(くう、から)」なものである。逆に例えば、金子みすずは星について、「見えないけれどあるんだよ」という。見えているのにあるというのがためらわれるものと、見えていないのに確かにあると断定できるもの。そこにあるのは、見ることと存在することとの関係に違いない。
また、認識作用を表わす語「見る」「聞く」「感じる」「思う」等には、それぞれ「見える」「聞こえる」「感じられる」「思われる」という語が対応し、存在と認識者との関係、すなわち「世界」のあり様を確定していくように思われる。つまり存在の確かさに対して、認識する者としての自分の存在が希薄になっていく(「空が在る」→「空(が在るの)を見る」→「空が(在るのが)見える」)。
いずれこれらについては、別項にまとめてみようと思っている。
3月8日(金)雪のち曇り
個展に出す絵に、文章をつけるかどうかを考えている。私は器用仕事の一貫で、こうして文章も書くのだが、よく美術館の展覧会などで、学芸員の方がていねいに書いた文章を掲示していると、絵よりもそればかり一生懸命読んでいる人を見かけるのが気になるので、やはり個展は絵がメインだから絵のみでいこうと最初は思っていたのだ。逆に言えば器用仕事、器用仕事といっていろいろやってるということで何か本質的なものから逃げているように見えるのが気にかかっているのである。
しかし文章を書かないとしても、きっと絵を見に来てくれた人(あんまりいないと思うが)は、その絵について、自分の目で読み取れる以上のものを知りたく思うであろう。するとそこに私がいればきっと聞くにちがいない。とすれば作者に何も聞かない(私のような)人は、何かと聞く人よりもいくぶん気の毒な立場にあるわけであって、結局聞かれればこたえるのであれば、聞く人も聞かない人も平等に情報が与えられるべきであろう。ということは、あらかじめ文章にして、私がこたえられることはすべて掲示しておくのがよいだろう、ということになる。逆に言えば、私は何かを聞かれれば、書いてありますと言えばいい(あるいは書いてあるのと同じことをこたえればいい)わけである。
というわけで、文章を書くことを前向きに検討することにしたのである。
3月7日(木)曇りのち晴れ
一昨日の晩から妻が気をきかせてひとりにしてくれているので、猫2匹とともにひたすら自己の世界に没入している。こうしたことは絶えてなかったことなので、ものすごくいろいろなことを継続的に考えるとともに、それが途切れることなくつづくので、自分では正しいのか間違っているのか全く判断がつかないところまでいってしまっているような気がする。
例えば、「見える」「見えない」について、とめどなく私の頭の中に浮かんでは消えるたわいのない考えを、とめどなく書きつらねている。いつもだとこうした思考は何らかの外部的要因によって中断を強いられたり、考える時間といえばいつもは自転車に乗っていて他に何もできないときなので、そうしたことを書き留めたりする余裕もなかったりするのだが、今のところどちらもできてしまうので、おととい丸善で買った無地の数百ページはあろうかというノートがどんどん埋まっていく。映画『セブン』に出て来た狂人になったような気分。かえってまとまらない。もしかしたら、いつもはいろんな制限ありの中でやっているから、かえってそれがものごとをまとめてくれているのかもしれない。似たようなことがこの前コンビニで立ち読みした佐々木倫子(『動物のお医者さん』の作者)のまんが『Heaven?』にもあったなぁ。
3月6日(水)雨のち曇り
個展が近づいて、思いのほか満足のいかないものばかりなのでどうしようかととても困っていたのだが、ある程度の時間集中して描くことに没頭でき、満足感も達成感もないのだが、もう今回はこれくらいでいいかなと思うようになった。そして逆に思うことは、常にどれだけ描くことに没頭するということがなかったかということ、それほどまでして描くことが私にはあるのかどうかということである。

水彩、紙 サムホール
思うに、何かを作り出すことは、それが形のあるものであれないものであれ、ある集中した自分自身との対話が必要であると思う。「哲学者はいかなる思想的共同体の成員でもない。まさにそのことが彼を哲学者にするのである」(『断片』455節)というウィトゲンシュタインの言葉は、制作的な営みをするものすべてにあてはまることのように思える。
むろん、それが共同体との軋轢を生むことは確かである。しかし共同体というが、それ自身が個人の集合体であり、個人はその複数性にこそ意義があるわけであるから、結局のところ両者の属性をわれわれはおびているわけである。ならば一方を「哲学者」(あるいは個)とし、一方を「共同体の成員」とするのは何によるのかと言えば、その強弱、もっと言うなら、その度合いがその個々人にとってより強く「見える」かどうかによるに過ぎない(むろん、それがとても大きなものなのではあるが)。
だから私には、とりたてて両者を区別する必要性が見つからない(そしておそらくそれが私に真の知性や芸術性が備わっていない原因なのだろう)。私は自らとの対話のうちに何ものかを作り出していく個人であるとともに、共同体との対話のうちに、社会を作り出していく成員の一人でもある。それは一般に、選択の余地のない事実である一方、選択的な面のある行為、すなわち意志であるとも思われているように見える。
前言を換言するなら、私にはこの「事実」と「意志」との間は、紙一枚ほどの差にしか見えない(それはおそらく私が自分の行動はほとんどが遺伝子のなせるわざであり、自らが主体的、創造的に行っていると思っている行動のほとんどは、すでにしてはじめからあったものを再発見している行為に過ぎないのではないかという意味のない直感に基づいているのだが)。むろん、この紙一枚の差を私は何よりも価値のあるものであると思う。しかし、両者が互いに異なる別の部分として存在するのでなく、ほとんどの部分が重なっていて、差とはすなわち両者の「ずれ」に過ぎないという意味でそう言うのである。

水彩、紙 サムホール
3月5日(火)曇りのち雨
|
ひとつの曲を聞き比べて思うこと。リズム、ネウマとしての。
「規則正しい」というときの「規則」が、メトロノームのような均等で単一な「正しさ」、永遠に等しいという意味での「正しさ」でなく、川の流れや雲の動きのような「規則正しさ」であること。生きたリズム。永遠の命に閉じ込められたかのような規則性から脱出すること。生きた、ということは終わりが、始まりから予定されているような。
花びらや葉のつきかたのリズム。干してあるくつ下のもつリズム。
|
 |

Atsushi Kadowaki 2002
自ら生まれたいという意志をもって生まれたわけではない生という点からして偶然性に満ちあふれたこの生について、調和的な説明や首尾一貫した主張ほどあやしげなものはないように思われる。この世に生まれたことをありがたく思う人でない限り。
「6.4 すべての命題は、同等の価値をもつ。」(ウィトゲンシュタイン)について。
何かより高い価値があると考えて主張されることがらも、結局はそれがひとつの形式でもって語られる以上、同様の形式をもった主張を立てることができるということであり、そうである以上、その主張は全く同じようにして別のやはり何かより高い価値があると考える主張を認めざるをえない。ということはすべてが等価値であり、どこにも重要度やより高い価値を主張することはできなくなってしまう。
3月4日(月)晴れ
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』(1922、山本一郎訳、中央公論社、2001)をとうとう読み始める。といってもこれは、個展のDMのために、私が直観的に選んだ彼の有名な言葉「神秘的なのは、世界がいかにあるかではなく、世界があるということだ」(6.44)について、ではなぜそれを選んだのかという、私にはよくある本末転倒な自分探しの旅の一貫なわけである(例えば他の例として、とりあえず菜食を始めた後、なぜ自分は菜食をしているのかを考える等)。
ところで、『論理哲学論考』は、その記述のスタイルが、ある種のアフォリズム(警句)を思わせるが、本来的にはこの世界について語りうることについて明確にすることで、逆に語りえないことを明確にするという意図で書かれたという(「わたしの著作は二つの部分から成る、一つはここに提示されているもの、もう一つはわたしの書かなかったことのすべて、である。そして重要なのは、まさにこの第二の部分なのです。わたしの本は倫理的なものごとの領域をいわば内側から限界づけているのであり、それこそかような限界づけの唯一の正しい方法であると確信しています」(L・フォン・フィッカーへの手紙)。
そこでその記述は7つの命題と、そこから派生する強調度に応じて小数以下の数字を付された注釈からなる。つまり私が直観的に選びとった言葉は「6.44」とあるが、これは6「真理関数の一般形式は、次のとおりである。(略)これは、命題の一般形式である」の下に付された6.4「すべての命題は、同等の価値をもつ」のさらに下に付された注釈である。
6.4以下を引用する。
「6.4
すべての命題は、同等の価値をもつ。
6.41
世界の意義は、世界の外側になくてはならない。世界のなかでは、すべては、そのあるがままにある。そして、すべては、起こるがままに起こる。世界のなかには、いかなる価値もない。仮にあるとしても、その価値には、いかなる価値もない。(以下略)
6.42
それゆえに、倫理学の命題なるものもありえない。(以下略)
6.421
倫理学は、明らかに、ことばには出せぬものである。
倫理学は超越的である。
<倫理学と美学とは一つのものである。>」
語りうること、すなわちそれは論理的に説明可能なものであり、逆に言えばそうでないものすべてについてわれわれは語ることができない。また、論理的に説明可能なものはすべて価値において同等であるから、超越的なもの、すなわち倫理的なもの、美的なものについては、われわれは語ることはできない。そう、ウィトゲンシュタインは言う。
この点について、別の文献からも引用する。
「ベートーベンのあるソナタにおいて価値あるものとは何なのか。ある音の系列のことか。ちがう。それならたくさんある音系列の一つにすぎない。…ベートーベンがこのソナタを作曲していたときに抱いていた感情さえ、何か別の感情よりも価値があったわけではない。同様にして、それが他のものより好まれているという事実も、それ自体価値があることではない。価値とは一定の精神状態なのか。それとも何ら化の意識所与に付随している形式なのか。わたしは答えよう、ひとがわたしに何といおうと、わたしはそれを拒否するだろうが、それはその説明が虚偽だからなのではなくて、説明であるからなのだ、と」(『ウィトゲンシュタインとウィーン学団』F・ワイスマン)
「わたしに考えられるどのような記述も、わたしのいう絶対的な価値の記述に役立たないのみならず、かりに誰かが有意味な記述と称するものを提案できたとしても、わたしはそのような記述のいずれをも、その有意味性を根拠としてはじめから拒否するでしょう。すなわち、このような無意味な表現(あるいは絶対に神秘的なことについて語ることの無意味さ)は、わたしがいまだ正しい表現を発見していないから無意味なのではなく、そうした無意味さこそがほかならむそれらの表現の本質だからなのです。なぜなら、そうした表現を使ってわたしのしたいことは、世界を超えていくこと、有意味な言語を超えていくことにほかならないからです。…倫理学が人生の究極の意味、絶対的な善、絶対に価値あるものごとについて何ごとかを語ろうとする欲求から生まれるものであるかぎり、それは科学ではありえません。その語るところは、いかなる意味においてもわれわれの知識を増やすものではありません。しかし、それは人間の精神に潜む傾向を記した文書であって、わたしは個人的にこの傾向に対し深い敬意を払わざるをえないし、それを生涯あざけったりしないでしょう」(「倫理についての講義)
『論考』のつづき、6.422以下は、今の私には意味不明、あるいは重要とは感じられないので、次までとばしてしまう。
「6.431
同じように、死においては、世界は変化するのではなくて、存在を停止してしまうのである。
6.4311
ところで、死は生の出来事ではない。人は死を体験することはできない。もしも、永遠とは限りない時間意識ではなしに無時間性のことである、と考えるなら、現在のうちに生きている人は、永遠に生きていることになる。
われらの生に終わりはない。われらの視野に限りはないのと同じように。
6.4312
人間の魂の、時間的な意味での不死、いいかえると、死後にも永遠に生きつづけるであろうことは、どのようなしかたでも保証はされていない。それどころか、そうした想定をしてみても、それでもって人が到達しようと望んだことは、じつは少しも到達されてはいないのである。それとも、私が永遠に生きつづけさえすれば、そのことによって謎が解かれる、とでもいうのであるか。むしろ、そのとき、そのような永生そのものが、現在の生に少しも劣らぬ謎とはならないか。空間と時間のうちなる生の謎の解決は、空間と時間の外側にある。
<ここで解決されるべきものは、まさしく自然科学の問題ではない。>
6.432
世界は現にどのようなものであるか。このことは、より高きものにとっては、完全にどうでもいいことである。(以下略)
6.4321
すべての事実は、課題のためにある。解決のためにあるのではない。
6.44
世界はどのようにあるか、ということが神秘的なのではない。
世界がある、ということが神秘的なのである。」
まさに「より高きもの」にとっては、「世界が現にどのようなものであるか」など、どうでもいいという6.432など、実に痛烈な社会批判といった感があるが、まったくそういう意味ではないのだろう。
そして、「すべての事実は、課題のためにある」ときて、例の存在するということそのものが神秘(つまり説明不能)であるという言葉へと至る。
この6.4番代を読んでいると、自分がこれまでたどってきたことが、ウィトゲンシュタインの手のひらの上の数行の言葉の内にも満たないことを知って、愕然とするのである。
3月3日(日)晴れ
花粉のせいか、とても調子が悪い。

「納屋(未完)」 テンペラ、パネル M20号
この絵の凡庸さの原因はどこにあるのか。
それは見えないものを見えるようにしようとしているからだ。そんなことをしようとしてはならない。見えないものを見えないものとして描き出すこと。それこそが、求められていることであろう。

Stephan Micus "ATHOS" 1994, ECM
records
以前、ディスカウント・セールの山の中から、何だかわからずジャケットが気に入ったので買って来たものの、妻が「お経みたいで怖い」というのでずっとほこりをかぶっていたStephan
Micusという人の "ATHOS"を、このところずっと聞いている。ギリシア正教の修道院に取材したもので、グレゴリオ聖歌風のオリジナル声楽曲がメインなのだが、間に尺八など民族楽器のソロなどもあって、私の今の状態にとてもいいみたいだ。だれもいない、しかし日がさんさんと差している洞穴にでもいるような気分になれる。

Atsushi Kadowaki 2001
いつか何らかの方法で、世界を理解することができたように思えたなら、こうしたいっさいをやめて、みんなのために生きていきたい。たとえば、みんなが毎日食べるお米や野菜、みんなが毎日座る椅子やテーブルを作ったり、手が届かないで困っているものを取ってあげたり、重くて運べないものを運んであげたり、ひとりきりで話し相手がいない人の相手になってあげたり。生きて死んでいく、そのために必要な、生存のための営みを支えているようなこと。
いつかどういう仕方でか、世界を理解することができたように思えたなら、もう自分の番はこれで済んだと、さわやかな気持ちで次の人たちへと明けわたしたい。生きているということの語りえない親しさについて、まだそれを知ることができずに立ち止まったままでいるけれども、それがいつか抜け落ち、漂い、流れていく日のことを、私は。
3月2日(土)晴れ
私が絵画として語ろうとして果たせなかったこと、ひとが絵画の上で明らかにしようとしてできなかったこと。そのことをこそ汲み取ろうとするべきであって、それに失敗したことをあげつらね、批判することは、一面的なアプローチに過ぎないのではないか。
絵画を作る側に立つ者は、自分が語ろうとして語り得ないものを、それでも語ろうと努め、絵画を見る側に立つ者は、制作者が語ろうとしてついに語り得なかったものを探し、求めること。ここにこそひつの世界が、ひとつの関係が現出する。
うまく語りうることにのみ価値があるわけではない。語りえないもののうちにこそ、豊かにして恐るべき価値がひそんでいるという可能性について。
この人は何を描いたのか、ではなく、この人は何を描かなかったのか、という問い。何かを言い表わそうとすることは、そこで何が語られなかったのかということを言い表している。
|