器用仕事日記
〜2002年4月〜

「ゆらぎ はざま 間」 Atsushi Kadowaki 2002
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4月29日(月)晴れ 昨日、車で通りかかった池にいく。池には蓮に似たものが浮かんでいて、頭の中にその描法が浮かんでいたので、楽に描けるだろうと出かけていったのだが、なかなかそううまくはいかないものである。
「池のスケッチ」 水彩、紙 F8号 たぶん、今夜からあまり更新できないと思うので、HPの表紙を5月号にする。もう最近ではカメラを持ち歩かないので写真がない。いつもは旬の写真を表紙に載せていたのだが、とりあえす最近のスケッチで代用することに。
4月28日(日)晴れ 友人Hさんからメールが届く。
イスラエルの軍事侵攻が始まって、今日でもう1か月になるのだ。
4月25日(木)晴れ 今日は小屋の絵を40号のテンペラにしようと、石膏を塗った木製パネルに鉛筆で下描きをする。40号とはいえMなので、隣においてあるFの30号と比べてほとんど面積的には変わりがない(けれど値段はしっかり40号)ということに気づく。 バスに乗っていて。
4月24日(水)晴れ 例によって、sawada
yamamotoさんから素敵なものが届く。沖縄とゴビ砂漠の砂である。
sawada yamamotoさんが送ってくれた沖縄とゴビ砂漠の砂およびそれが入っていたギターの弦の袋。
昨日塗った石膏パネルに水ペーパーをかける。
「小屋のスケッチ」 水彩、紙 F8号 これからの計画も練る。
いずれも 水彩、紙 道徳について。
4月23日(火)晴れ 今日はとても風が気持ちよかった。昨日買って来た木製パネルに朝から石膏を塗り、午後は海で行ったスケッチをもとにした30号のテンペラを描き始める。
「小屋のスケッチ」 水彩、紙 F8号 夕方、近くの農家へスケッチに出かける。上のようになる。下のようなかたちで40号くらいのテンペラにしようと計画を練る。
「小屋の下絵」
4月22日(月)晴れのち曇り 家で、再び制作計画を練る。今日は木製パネルを買って来よう。しかし、みなさんは、絵のサイズを決めるときはどうやって決めるのだろう。ここのところ、20〜30号が、自分にとっては大きくもなく、小さくもなくて好みなのだが、個展ではこのサイズは「売るには大きいし、かといしかといって大作でもないから見栄えもしなくて一番中途半端だ」という共通したアドバイスを受けたような気がする。まぁ、自分がよければいいのだけれど。
いずれも 「丘の下絵」 水彩、紙 小学生の頃に見たジャック・ダニエルのCMで、すぐ上にあるような風景の中を、男が歩いていくというのがあった。私は視覚的な記憶力が極度に弱いので、ひとの顔を思い浮かべたりできないし、どんなに印象的な風景でも、想像力だけでそれを構成することはできない。だから常に紙の上に、手によってそれを再現し直す。そしてもちろん、そうして再現されたものは、最初の記憶とは違っている。そのずれ。
4月21日(日)曇り ここのところ毎週通っている三陸海岸へ、今日も出かける。先週、先々週と、大谷海岸というところで描いたので、今日はもう少し南にある小泉海岸というところへ行こうという計画を立てる。
三陸なので海を描きに来たのだが、どうにもすばらしい農家が多く、これはまた来ないといけないと思いつつ、海へと向かう。途中、桜を描こうとしてかえるくんを見つけたり、誰かと間違えられて車が急接近してきたり。
そして海に着く。津波対策のためかテトラポットが沈められていて、ちょっと興ざめ。やはりここへは農家を描きに来よう。
やさしさとは、ある特定のものに向けられて初めてそれと知られるものなのだろうか。というのは、何かに向けられるということなく、それそのものとして存在するやさしさというものがあって、あるどころかそれこそがやさしさそのものとすら言えるのではないかと、ふと思ったからなのであるが。
4月20日(土)晴れ 昼休みに、近くの土手から広瀬側を描く。護岸工事が行われていて、またお得意のセメントづけの土手ができそうである。
「広瀬川のスケッチ」 水彩、紙 F8号 「トルバドゥール(吟遊詩人)」という、私がよくいくスパゲティ店の壁の絵が、もうずっと変わってないなぁ(少なくとも7,8年)と思っていたら、いきなり全部、映画『カサブランカ』のスチール写真になっていて驚く。しかし、もちろんそんな驚きを顔には出さない。
「トルバドゥール」 インク、紙 たとえば、今年から新しくなった中学3年生の『公民』の教科書(東京書籍)を手にとると、最初の方に、男が育児休暇をとる際の社会的逆噴射のようなものについてマンガによる説明が掲載されている。そしてこうしたものを読むと私は無性に怒りを感じる。むろんそれは女性の地位が低いからではない(といことは同じく、男性が優遇されているからでもない)。それは自分たちの根拠なき思い込みにあくまで安住できる怠慢さに対する怒りである。だから怒りというのとは少し違うかもしれない。それは不安から発しているもので、社会的不公正に対する告発という怒りというよりは、ただの無意識的な慣習が絶対的真理として堂々と祭り上げられていることへの恐れなのかもしれない。そうした意味で、それは軽度のカフカ的世界なのだろう。
4月19日(金)晴れ たいへんいい天気である。 今後作っていこうと思う絵の下絵を描く。すべて4号くらいの紙に、水彩と鉛筆で。
いろいろ書きたいことがたくさんあるのだが、最近絵を一生懸命描いているので、なかなかホームページの更新に至らない。また今夜から月曜にかけて「合宿」してくるつもりであるし。けっこう朝遅くまで寝ているのがいけないのだが。
4月18日(木)曇りのち晴れ 奥松島で描いた嵯峨渓のスケッチを床に広げていろいろ下絵を描いたりしていると、うちのばか猫たちがいたずらをしてくる。貧乏なのでむろんアトリエなどなく、生活空間での制作は困難を極める。最初はスケッチの上にごろん、と横になるなど控え目であった彼らだが、やがてにおいをかいだり、つめを立てようとしたり、裏には何が描いてあるのか気になるらしく紙をめくろうとしたり。スケッチなのでま、いいかとほおっておくと、今度は廊下の向こうからダッシュして来てこれら4枚のスケッチをけちらしていく、という行為をあきもせず繰り返し、少し起こると奇妙なうなり声を出して逃げて行く。私はその4枚をまた几帳面に並べなおし(A型なので)、うなりながら制作をつづける。だんだん絵も大きくなってきたので、最近は猫のつめあとくらい、気にならなくなってきましたが。
「嵯峨渓(下絵)」 鉛筆、紙
4月17日(水)曇り 暗雲。とても造形的な今日の雲。形のみならず、その色。濃い藍。怖いほどのリアル。あの、微動だにせぬほどの質量をもって宙に浮かぶ雲の様は、まさに形容しがたい存在感そのもの。その下で煙のようにたなびく雲。薄く、光をおびたところに差す明るさ。燈の光がもれる地平。これほどに変化に富んだものなのに、どこを見回しても統一感のとれた雲の風景。ともするとそれが、存在そのものではなく、存在そのものを描き切った表現ででもあるかのように思いたくなる誘惑。夕暮れまでの時間。一回性。私という存在。 今日で個展からもうひと月にもなるので、いいかげん廊下にはみ出してどうにもやる気をそいでいる戻って来た絵たちを片付けようと気合いを入れる。半日かかってどうにか片付ける。これでまた家でテンペラを描く気力がわいてきた。 たとえば、私にはときおり何かはっきりと、それがどういうことであるのかという確信を得ることができるとしよう。まるで神から与えられた啓示ででもあるかのように。そして誰かが私のその確信について誤った理解をしたとしよう。つまり私は真である。だとすれば私はそのことに関して全く気にならない。誤解を解こうとも思わない。なぜならそれは私にとって真であるから(逆に言えば、私は自分が何かを正しく認識できないことだけが不安である。むろん正しく認識できることよりも、そうでないことの方が断然多いわけだが)。
4月16日(火)曇りときどき晴れ 今日は河原へ出かける。ニッカウィスキーの工場が見える新川という川である(名前が似ているのは偶然らしい)。とてもあたたかな日で、曇り空がのどかさをさそう。5枚ほど描く。
「川面のスケッチ」 水彩、紙 F8号
「水門のスケッチ」 水彩、紙 F8号
「滝のスケッチ」 水彩、紙 F8号
4月15日(月)晴れ 今日はずいぶんと休んでしまった。先週は猛烈にがんばったのに、今日は下のスケッチを一枚描いておしまい。しかし曇った空から白く輝く日の光がもれる夕暮れ時の美しさは、夢見るような気分だった。今日からとりあえず自宅に住み、週末にかけて「合宿」に臨むことにする。やはり環境と成果は反比例の関係にある。
「小屋のスケッチ」 水彩、紙 F8号
4月14日(日)くもりときどき晴れ 今日も(月)と同じ、三陸海岸へ出かける。土・日・祝日限定のJRのフリー・パスがあって、これを使うとほぼ半額で往復できるのでこれを使う。
「海のスケッチ」 水彩、紙 F8号 だんだん波が押し寄せてきて、はっとして見るとさっきまで会食していた地元の人たちがいなくなっている。もしや満潮になって私が描いている場所は海底に没するのでは? そんな不安を抱えながら2枚描く。小心者である。その後少し不安なので岩場をやめにして舟やら小屋やらを描きながら、スケッチしていた岩場の場所を観察していると、やっと帰る頃になって水没していた。それまではずっと描けたのだが。
「舟のスケッチ」 水彩、紙 F8号 F8のスケッチブックをそのままスキャナーにかけているので、けっこう画面が切れてしまう。
「小屋のスケッチ」 水彩、紙 F8号 今日は5枚描いた(1枚はひどいので載せない)。月曜日も5枚描いたが、とても余裕があったように思う。今日は帰りの電車までの5時間、ずっと描き通しで5枚である。なぜだろう。
4月13日(土)晴れ 今日は朝から晩まで塾の日なのだが、ところどころ空き時間があるので並木のスケッチをする。仙台の並木通りのひとつ、定禅寺通りまで、晴れた街を歩いて行く。
「けやき」 鉛筆、紙 F8号
4月12日(金)雨のち曇り 朝起きると雨が降っている。今週はずいぶんがんばったので今日はスケッチはお休みにする。実は月曜からスケッチ強化合宿として、ずっと塾に泊まり込み、そこからスケッチへと出動していたのである。 家庭教師をしている、今度中学1年生になった女の子から鳥取砂丘の砂をもらう。小学4年生くらいからのつきあいなのだが、最初は本当に手の焼けるこどもでたいへんだったが、あるときからとても仲良くなった。彼女はピラミッドにとても興味を持っていて、何冊も関連図書を読んでいるのだが、私がエジプトに行ったことがあったり、ピラミッドを観たりしたことがあるという話になり、アラビア語を教えてあげたりしたのがきっかけだったような気もするがよくおぼえていない。お返しにsawada yamamotoさんの「賢者の石」を上げる。とても喜んでいた。
「砂丘の砂」
4月11日(木)晴れ 今日はJR仙石線陸前富山駅ということろから歩いてすぐ(30分くらい)の富山観音というところへ行く。奥州三観音のひとつ、というものなのだが、私が行くところであるから例によって誰も来ない。
「杉のスケッチ」 鉛筆、紙
4月10日(水)晴れ 昨日の無理がたたったのか、とても風邪気味。今日から塾もあるので少し近場で静養しようと、青葉通りの並木や西公園の木を描く。桜はもう散り始めていて、この散り方がすばらしいのだったと思い出す。そう、桜は散るさまがいい。
「木のスケッチ」 鉛筆、紙 F8号 裸の木はいい。葉をつけた木は、何かとても騒々しく、複雑で、とらえどころがない。
4月9日(火)曇りのち雨 今日は天気が悪いなぁと思ってはいたのだが、当初の目的地、奥松島へ行く。この、奥松島というのは実にすばらしいところなのだが、車がないと普通の人は行かない、というか行けない。 スケッチした絵はこちら。
4月8日(月)晴れ 大谷海岸という、三陸海岸の中にあって、日本一駅から近いという砂浜へ行く。仙台駅から一日に一本だけ、直通電車が出ている(帰りも)。8:51発のその電車で海岸に着いたのは11時少し前。きっと海水浴シーズンにはとてもにぎわうのだろうが、今は本当に人っこ一人いない。
「海のスケッチ」 水彩、紙 F8号 (以下同じ) スキャナーがA4サイズな上に、ふたが邪魔で部分的にしか画像が取り込めない。こうして見ると実におつな風景である。
とてもいい天気で、とにかくきれいな海だった。少し高いところから海全体を見渡すと、その青といい、白波といい、まさにそれは東山魁夷の唐招提寺障壁画そのものである。ちがうのは動いているかとまっているかという点くらいである。しかしよく考えてみると、絵画は「ある瞬間を切り取ったうんぬん」と言われるが、それはカメラが発明されてからの見方ではないのかと思う。カメラの誕生とともに「瞬間を切り取る」という発想が発見されたのであって、それまでの人が「瞬間」というものをとらえる場合、それは固定されたもの、つまり「切り取られた」ものではなくて、次へとつながる連続としてのひとコマとしての「瞬間」なのではないかと思う。うまく言えないけれど。
4月7日(日)晴れ 今日から少し放浪の旅へ出る。旅、といっても塾を基点に、日帰りのスケッチ旅行である。水曜からは塾も始まるので夕方には戻らねばならない。 とりあえず今日は仙台の並木道、青葉通りの並木を描く。並木をすべて描く、というのもなかなかおもしろいアイデアだなぁと思う。葉っぱが出てくる前になるべくたくさん描こう。
「裸木のスケッチ」 紙、鉛筆 F8号 過去の自分、というのは、先のことがわからずにいる点で、常に真剣そうに見える。そのけなげさを失いたくないと思う。ものごとに慣れてしまったり、軽く考えたりしないように。
4月6日(土)晴れ 沖縄在住のアーティストsawada yamamotoさんから「賢者の石」が8個届く。マルチプル・プロジェクト第一弾とのことで、基点を表わす×と、エディション・ナンバーがついた300個の玉砂利による作品。sawadaさんの住む沖縄から、私の住む仙台へと基点を移した8個の小さな白い石。ここからさらにどこへ行くのだろう。とりあえずひとつはいつも持って歩くことにする。 プロジェクトの詳細についてはこちら。
包装もシャープ sawada yamamoto 2002 やっと今日で労働が終わり、来週から外に制作に出ようと思っていると、今週あんなにずっと晴れていたのに、来週は月曜からずっと天気が崩れるのだそうである。 雑誌『大航海』最新号(2002、No.42)は「ゲーム」特集として、ウィトゲンシュタインの言語ゲームをはじめ、ゲームの理論がさまざまに取り上げられている。先月あたりからウィトゲンシュタインを読み始めた私にとって、ものすごく過去の人の話を読んでいるような気分でいたのに(実際、彼の影響力は70年代を境に急速に衰えたと説く入門書もあったし)、先日古本屋で買った13年前の『現代思想』(1989年6月号)はまだ「信念文」やクリプキが花盛りであったり(裏表紙は全面『ウィトゲンシュタイン全集』全12巻完結の広告である)、この今月出た『大航海』が「ゲーム」特集だったりと、何か急にとても人通りの多いところに出て来たような心強さをおぼえる(そういえば個展のときも何人かウィトゲンシュタインについて語っていったし)。
4月5日(金)晴れ 今日まで、夕方までの労働期間だったので、天気もいいことだし、桜も見ごろなことだし、塾の後、夕暮れの街に写真を撮りに出かける(その写真はこちら)。 とある木立を写真に撮ろうかどうか考えているとき、同時にこの光景を絵にするとしたら…と考えている自分を意識した。写真を利用して絵を描くことも多いが、写真は写真として純粋に成立しているものなので、こういうことはいつもあまり考えないのだが、その時はそうしたことをあれこれ考えている自分をはっきりと意識するとともに、言い知れぬ空しさを感じるのにも気づいていた。 やっと明日でこの長かった労働週間も終わり、やっと絵筆を取れそうである。パソコンも少しひかえよう。
4月4日(木)晴れ パレスチナが最近たいへんなことになっている。いや最近、というのはものすごくのんきな発言である。なぜならこの半世紀、ずっとたいへんなことになっているのであるから。
4月3日(水)晴れ malangoshaのいづみさんの日記happy talkに掲載されていた素敵なあひるさんたちの写真が、どうにも忘れがたい印象を私に与え、絵にしてみる。
「逃げるあひるさんたち」 水彩、紙 サムホール 写真の方がずっとインパクトがあるのだが、少し離れていた手仕事をしてみる、という意味でとても新鮮な気持ちで描いてみたわけである。
4月2日(火)晴れ 桜が咲き始めている。もたくさん種類がある中で、しだれたものなどは、とても寂びた味わいがあって落ち着いて見ていられる一方、妙に白々とした桜を、特に今日のように青々と晴れた空の下で見ると、何やら腫れ物か何かを見ているような、いたたまれないような気持ちになる。それは、無垢で傷つきやすい内面が、ぱっくりとそのままむき出しにされているような印象を私に与える。 痛々しいほどに無垢なり桜咲く
4月1日(月)晴れ 個展期間中、泊まっていたウィークリーマンションから地下鉄の駅までの間に、厩橋という橋があって、この橋のたもとに厩橋地蔵というお地蔵さんが祭られていた。私はとても暗い過去があるので、最近はお地蔵さんを見かけると手を合わせたり、あいさつをするようになった。そこで個展期間中はこのお地蔵さんに朝晩お参りしていたのだが、私はずいぶん長いことそうしたことがばかばかしく、おめでたいことのひとつだと思ってきたし、いまだにおそらくそう思っていると思う。しかしそうした光景を思い浮かべるのと、実際にやるのとでは雲泥の違いがあって、それが少なくとも私をとてもすがすがしい気分にさせてくれたのは確かなことなのである。
妻のピアノの生徒の弟よしろうたくん(幼稚園)の絵 |