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今夜の番組チェック

 

Atsushi Kadowaki 2003

器用仕事日記

〜2003年1月〜

1月31日(金)晴れ

 子どもに、「先生、有名な人に会ったことある?」と聞かれる。むろんその問いの中には自ずと答えの形式が含まれているわけであり、「それは君が誰を有名と呼ぶのかによる」という話ではある。いや、それは自明のこととして、問うことを許されない、あるいとは問うことは無意味である、と言った方がいいだろうか。

 

1月30日(木)晴れのち雪

 たぶん、明日あたり発行の地元情報誌『仙台っこ』の表紙に、私のこの絵が使われることに。2月なんてもうもろ雪景色だろう、と思ってこちらを押したかったのだが、そこは雪国、2月にほのかな春の情景を感じたいと、あえて雪は避けたいということで、下の絵になったしだいである。実際に緑が芽吹くのは、この辺りでは4月下旬。逆に野山が枯れるのは思いのほか遅く、11月下旬でもけっこう丘は緑だったりする。しかしスケッチにでも出かけてみないかぎり、そんなことはわからない。ニュースやら暦で季節をバーチャルに知るだけである。

 

1月29日(水)晴れのち雪

 レンガやタイルを扱う建築関係の事務所であるクレイ・アルファ。事務所にはとても広い打ち合わせ兼展示スペースがあって、通りから見てもとても魅力的な外観なのだが、ここで春先に私が絵を展示し、個展のようなものを開催することになる。とても広くて、趣味のよい空間なのだが、そうした必要性もなく、今まであまり外部の方の入って来ない空間だったそうなのだが、少し開かれた空間へ、というのが社長さんの意向である。
 床にはグレーのレンガが敷きつめられているのだが、そのすきまは砂で埋められている(みなさんで敷いたそうだ)。また、タイルの見本はゲルハルト・リヒターのカラー・チャートを思わせる。
 夜、案内をつくってみる(こちら)。

 

1月28日(火)晴れたりくもったり、雪が降ったり

 まるっきり雪国の様相である。

 

1月27日(月)雪

 今日からレンガやタイルを扱う建築関係の事務所であるクレイ・アルファで、カタログつくりのお手伝いをする。思えばレンガは私がこれまで描いてきた石のような堅牢さがある。しかしそれは人工物で、いわば石を模したもの、人のつくった石である。まぁそうして誤解をおそれずに語っていけば、庭の木々は自然の木々を模したもの、人のつくった木である、と言えないこともないかもしれない。人のかかわった木への愛着と、まったく人の手のかかっていない自然の木に出会ったときの驚き。

 

1月26日(日)晴れ

 宮城県図書館に行く。ここはいつも駐車場がいっぱいで、中ががらがらのときでも半分くらい埋まっている。新聞を読んだ妻によると、それらの大半は、図書館には用のない方の車なのだそうである。しかし街中ならまだしも、いったいこんなところに停めてどこへ行くというのだろう。

 

1月25日(土)晴れ

 疲れた。

 

1月24日(金)くもりのち雪

 今日も昨日に引き続き石膏塗りをしたのだが、あんまりうまくいかなかった。

「空」 テンペラ、パネル サムホール

 引き続きすごい雪なので、山にでも入ろうかと思ったのだが、結局やめる。

 

1月23日(木)雪

 買って来た木製パネルに石膏を塗る。石油ストーブの上でにかわをあたため、今日は妙にうまくできた。最近いつもにかわの小さい粒ができてしまってたいへんだったのだが。

「枯れ葉」 テンペラ、パネル サムホール

 今日はすごい雪。本当に冗談のようにあっという間に、否応なく街を雪だらけにしてしまう。しかもとてもさらさらの、固まってもふかふかの雪である。

 

1月22日(水)晴れ

 昨日、途中まで鉛筆描きしていたスケッチのつづきを描く。

「すすきのスケッチ」 水彩、紙 F8号

 夜、自転車で帰る途中、大通りの少し暗くなった歩道の上に、小さなふくろうくんがうずくまっているのを見つける。身長20cmくらいであろうか。とてもかわいいのだが、こういうのを見つけると「かわいい」とかいうよりも「どうしよう」である。自転車をとめている間に向こうから来た無造作なカップルがけりそうになっていたり。いや、けりそうになっていることにすら気づかないのである。世界の裏の問題などよりも足元の問題にこそ目を向けたいものである。
  ふくろうくんの背中にさわると、ふっと飛び上がり、通りの並木の細枝にとまった。少し心配だが、まぁ路上ではないのでそのまま後にする。しかし手ざわりといい、大きさといい、実にかわいい生き物だった。明日もあのあたりを注意して通り過ぎよう。

 

1月21日(火)晴れ

 風が強いのでスケッチを途中で断念。少しお金が入ったのでひさびさに木製パネルを買いに行く。

「枯れ葉」 テンペラ、パネル サムホール

 

1月20日(月)晴れ

 よく私はどうでもいいような空き地などを素晴らしい風景だ、と思うことがある――という文章を書きたくなる私がいる。そしてここには「ただ」「何気なく」、ある土地を「どうでもいいような空き地」と呼んでしまいたくなる私がいる。しかし「どうでもいいような」土地とは、いったいいかなる土地なのか。それは私がただそう呼んでいるだけなのか。それとも何らかの根拠らしい根拠でもあるのか。むろんそのいずれでもある、などと言ってとうとうと述べることもできるだろう。しかしそれは私がただそう呼びたくなったこと、そしてそれがなぜなのか、ということに対する興味に依存するときにのみ、そう書き記すことに「意味」があると思う。

「すすき」 水彩、紙 F8号

 

1月19日(日)くもり

 義父の四十九日。お寺はとても素晴らしい景色のところにある。今度お参りがてら、スケッチにでも行こう。

 

1月18日(土)晴れ

 一日塾で教えて過ごす。

ひさしぶりの篆刻。潟Nレイ・アルファからのオーダー・メイド。

 

1月17日(金)晴れ

 すすきはいい。あの枯れた感じ。まるでこの世にいながら、もうあの世のものである。

すすき 水彩、紙 F8号

 木ぎれを描く。そして私はこの肌合いは丘の上の地面そのものだと思う。そういう風にして今度は丘の絵を描いてみたい。

「木切れ」(部分) テンペラ、パネル F6号

 

 

1月16日(木)晴れ

 ひきつづき、石の絵を。拾った木ぎれや葉っぱのたくさんついた小さな枝の先も描き始める。しかしいずれにせよ、こうしたものをただそのように描く、ということにはどういう「意味」があるのだろう。むろん、私はそれが有意味であるかどうか、という点について関心があるのではない。「天気は雨か雨でないかのいずれかだ」と発話してみること、特に誰かにむかってそう語りかけることは、無意味であれひとつの「人間的な」出来事であり、思いのほか興味深いものになりうると私は思う。つまりとても正直な人がいて、こんな風に石を描き続けることにはどんな芸術的な意味もない、と言ったとしても、それで私にとって石を描く動機が損なわれるわけではない。
 それは思うに、こんな話に似てはいないだろうか。制限速度が40キロの道路を走るとき、おそらくたいがいの車はそれ以上で走るだろう。だから、制限速度が40キロ、という標識には意味がない、というような。実際、「現実」に合わせて制限速度をあげようという意見が出されていると聞いたことがある(たしか数年前、名古屋あたりで)。なるほどぉ、である。
 同じように、日本国憲法は「現実」に合わせる必要がある、という人がいる(たぶん、とてもたくさん)。それは第9条をさして言われることが多いように思う。そもそもあの憲法は、民主主義の実験場みたいな気分で、とても若いアメリカ人スタッフたちによって原案が組まれたものであり、そんなものをいつまでも後生大事に守り続けることには「意味」がない、という具合に。
 「器用仕事」(ブリコラージュ)という言葉がある。このサイト名の由来となった概念で、私はこれをたとえば、やどかりがその「本来」のやどである貝がないとき、プラスチックのボトルキャップをやどにするときのような、そんなものだと理解している。誰もボトルキャップがそんな使われ方を、それもやどかりによってなされるとは思いもよらなかっただろうと思う。しかし、それこそが私の言いたいことであり、人々がどこかでもちつづけている「畏敬の念」のようなものではないだろうか。
 仮に40キロの制限速度が、憲法第9条が、どのような経緯で作られたとしても、それを受け止め、解釈しなおす時点で新たなものに生まれ変わる可能性はいくらでもあるだろう。いや、むしろそこにこそ、人間のみならず、いきとしいけるものすべての生の美しさ、おもしろさ、私たちを勇気づけ、ひきつけ、巻き込んでいくもの、つまりは芸術が求めてやまない何ものかがあるのだと思う。
 たとえばそれは、制限速度40キロについて、それは動物をひき殺さない速度の限度である、という解釈を見いだすことも可能だろうし、第9条に関して、自衛権すらも放棄することで、新たな「主権」の在り方を問うことも可能なのではないか(そもそも「国民」とは何ものかのか)。
 理解した、と声高に叫び、何かを断定し、総合し、断罪することはいともたやすい。しかしそんなものはヘとも思わない独我論的な世界観、「世界とは私の世界である」の中でそれは限りなくむなしい。むなしいものとなりうる。そしてそれを支えるのが想像、そして創造の力であろう。
 なんか、いつの間にか話が大きくなったけれど。

 

「石」 テンペラ、パネル サムホール

 

1月15日(水)晴れ

 家のすぐ近くの空き地のすすきに魅せられて描いているのだが、そんなところで手ごろな場所を探していると、立ち小便をする場所を探している人のように見えるのではないかと思う。結局うまく描けない。
 地面のようすを描くのは私の目標というか、あこがれだ。それは「踏み絵」とつながっている。

「石」 テンペラ、パネル サムホール

 

1月14日(火)くもり

 ずっとあたたかい日がつづいていたのだが、夕方から冷え込んできた。
 石の絵を描く。やはり背景色は白よりはグレーか黄土色ぐらいがよいだろうか。小豆色という手もある。

「石」 テンペラ、パネル サムホール

 

1月13日(月)晴れ

 今日こそ読書の日にしよう、と思ったのだが、やっぱりあんまり読まずに寝てばかりいた。生まれてはじめて洗車をした。

 

1月12日(日)晴れ

 久しぶりに宮城県図書館に行って本やCDを借りる。今日は読書の日にしよう、と思ったのだが、結局あんまり読まなかった。

 

1月11日(土)晴れ

 仙台の老舗百貨店藤崎で行われている長谷川資朗氏の個展に行く(くわしくはこちら)。ご本人は人物画を好んで描かれているのだが、今回の個展は風景画がほとんどで、私としてはたいへんうれしい。油彩の魅力が存分に活かされ、とても感銘を受ける。
 夜、個展を見に来た小林哲郎氏佐藤弘光氏網干ともこ氏が長谷川氏を囲んでなごやかに語る中にまぜてもらい、いろいろと教えてもらう。やはりオンあればオフ。オフあればオンである。

 

1月10日(金)晴れ

 今日はひそかに誕生日である。これで34歳。ほとんど何もしていない。

「すすき」 水彩、紙 F8号

 アトリエがあんまり寒いので、ふすまを取り払ってふた間つなげていた部屋を(そう、和室なのである)またふすまで仕切るとやっとあたたかくなり、何とか絵が描ける環境になる。
 背景が黒い石のシリーズを描いてきたが、これは石が白っぽいものであったから。黒っぽい石にはやはり白い背景かといくつか描きはじめる。また、空の絵をとりあえずサムホールにいくつか描こうと、それ用に写真を選定する。裏山で拾った木ぎれや葉も下書きをはじめた。

 

1月9日(木)晴れ

 アトリエの裏の山にスケッチに行く。うまく描けない。山とは言え、いちおう「水の森公園」とかいう公園で、まわりを住宅地に囲まれているので人が行き来する。すごい山奥のようなところなのに子ども連れや犬連れの人が行き来していくのがおもしろい。

「森」 水彩、紙 F8号

 

1月8日(水)晴れ

 やっと昨日で塾の冬期講習が終ったのでスケッチに行く。しかしあんまり寒すぎてすこし描いてやめてしまう。ということでどうも最近たるんでいる。

木のスケッチ

 青汁や何かの通販会社「やずや」から誕生日のカードが届く。妻が香酢というのを好んでたのんでいて、毎年届く。手作りである。

「やずや」から来たカード

 

1月7日(火)晴れ

 私は誰かに何かを期待したり、世話になったり、つき合わせたりしないようにしている、だからあなたもそうしてしかるべきだ、といった論理は、論理というより単なる個人的なルールのようなもので、「私」以外にはどんな意味も拘束力ももたない。また、同じようにあなたにこれこれこうしたひどい目にあわされたのだから、私もあなたにそれに見合うひどいことをしてもいいはずだ、みたいな話にもまったくどんな根拠もない。それらしいかどうか、ということとは別に。

 

1月6日(月)晴れ

 私はけっこう時間に正確な性格なのだが、逆にいつも30分くらいは予定より遅れる人がいる。そこで私も30分くらい時間をずらして行くと、…やっぱりなんで30分遅れたのかという雰囲気になる。なぜだろう。

 

1月5日(日)雪

 夜、NHKでやっていた小澤征爾の番組を見る。ロストロポーヴィチにすすめられてはじめたという「キャラバン」(地方の村などへ出かけて行き、宣伝なし、入場料なしで行う公演)について氏が語っていた、聞くつもりもなくただ偶然立ち寄った人が、その音楽にふれてしめす反応のよさ、それを見る快感、みたいなことは実によくわかる。
 それは反応としては当たり前のことではある。「これはいい」とかすすめられて見たときには、たいしていいと思えないものである(それとも私があまのじゃくなのか)。「自分が見いだした」みたいな部分、予想しなかったコンタクトが生み出す情念にかわるものなど容易に見いだすことはできないし、それは受け手だけに限らない。だから音楽に限らず、その場で行うことには意味がある。文芸における連歌や俳諧、現代アートにおける鑑賞者の参加を必要とする展示などは、もうそれを前提してすらいる。
 しかしもちろん、氏の言葉を、単純かつ極端に受け止めることは、絶対に避けたいところである。それは「出会い」のもつ素晴らしさについて語ったものであって、そうでないものから意味をそぎとるものではない。
 しかしそう考えると、野外へ出かけて行ってスケッチをする、というのは、まさにライブそのものと言えるかもしれない。

 

1月4日(土)晴れ

 個展が終った後、アトリエの裏の山でふとやってみたランドアートもどきの写真ができあがる。まぁ、楽しいものである。

 

ホウの木の大きな葉を足跡風に並べたもの

 

1月3日(金)くもり

 小さな滝のある庭で、ということはもうすでにそれは人工物なのだが、氷の作る造形に見とれる。まるで吹きガラスか何かのようだ。しかも凍るような水に洗われ、冷えた蒸気すら流れ、透き通るものを見るにはこれ以上ない状況。そしてしかもそれが、人々が何気なく通り過ぎる庭先に、気づかれもせずにそのようにある、ということ。おそらくは毎日、毎時間、姿を変え、信じられないような変化を繰り返しているだろうこと。私はそれを遠くに感じながら、これからの毎日を送っていく。そしてそうした出来事には、おそらく無数に出会ってきたのだ。

 

1月2日(木)雪のち晴れ

 朝、うちの近くでうっすらと積もった雪の写真を撮っていると、屈強な若者たちが「ナニ撮ってるんスか?」と厳しい調子でやってくる。どうやら自分たちのクルマの写真を撮っていたと思ったらしい。車が邪魔、と思いながらそのそばの雪にうずもれた枯れ草を撮っていたのだが。
 しかしものわかりのいい若者たちでよかった。きっと根はいい人たちなのだろう。「そんなわけねぇだろ」とか言われても、いったい私の言うことにどんな根拠や信憑性があるというのか。つまり「雪にうずもれた枯れ草を撮っていたのはホントウです」という言説に。しかし「それはやっぱり本当なのです」「そうですか」というやりとりの中で、いわゆる「確実性の問題」の地平として広がっていく(誰も「100年前には大地はなかった」なんて疑わない)。

 うっすらと積もった雪を見て、数年前、この上に絵具をまいて何かを描こうとしたことを思い出した。けっこういけるかもしれない。ということは…雪だるまは立体なのか。

 

1月1日(水)晴れ

 夜、テレビを見ていると、安藤忠雄氏と誰かの対談で、瀬戸内海の小学校でどんぐりを植えているのを紹介していた。まじめに見ていなかったのでよくわからなかったが。

 たくさん洗濯して乾いた靴下が積み重ねてあるのを見て、ふと何かができそうな気がする。ぬいぐるみを縫い合わせてアートを作った人がいたのを思い出す。ぬいぐるみが持ち主を映し出すなら、靴下も同じことだろう。同時にクリスマスの靴下(100円ショップで買ったトナカイの頭がついている靴下)がさがっているのが目に入る。そう、靴下は何かを入れるものなのだ。たとえばわれわれは靴下の中に入って生活している。

 アメリカにいる昔ほんの少し勤めていた会社の先輩かつ大学の先輩Tさんから、今年もグリーティング・カードが届く。うれしい。しかしこちらから出すのはすっかり忘れていた。

Tさんからのカードとはってあった切手

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