アート・ギャラリー
1995年にやったこと

Atsushi Kadowaki 1995
| 借りているマンションは山の上にあって、遠くに見える山並みはすばらしく、実に静かな生活が始まったと思いきや、数ヶ月後にはマンションの前に太くて真っ直ぐな道路が建設され、昼は行き来する車で、夜は暴走族で、こんな山奥なのにうるさくてガソリンくさくてほこりっぽいという、その後を予感させるような前途多難な生活が始まりました。 ここで私は、道路工事で余ったらしいかけらたちを使った路上制作を行っています。これはしばらくの間このままに捨て置かれ、それは不思議なほど長く続きました。私はその横を通ってアルバイトや散歩へ行き、またその横を通って家に帰る。生活の中の一部なっていきました。それがいったいいつなくなってしまったのか、まったく思い出すことができません。なくなったことに気づきすらしませんでした。それはひとえにこのスペースの持つ、何らかの「価値」によるものでしょう。今もこのスペースはそうした「価値」(つまり中途半端さ)を持つスペースとして残っており、ごく最近、マンションの1階に入った「牛角」の駐車場として利用されるようになりましたが、特に整備されることもなく、その棄景観は新興住宅地の中で、いかなる解釈も受け付けることなく、その存在を保ち続けています。 |
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作業をする私。
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作業完了。 歩き出すかけらたち。 |
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翌朝。 この微妙な変化に気づく者はいない。 |
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ふと足取りをとめたかのようなかけらたち。
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何事もなく過ぎ行く日常の風景の中。
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その後ベランダで。 お月見の頃。 そして 高層ビルのようなかけらたち。 今も彼らの一部がここに。 |
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