
ぼくらも手を貸しました
個展 2002年 銀座・小野画廊U
3/18〜3/23
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はじめに 意識して絵を描くようになってやっと6,7年になりますが、ここ2,3年は、松島湾の海岸線や、そこに浮かぶ孤島を中心とした、水気のある風景に取材しているので、ここに展示したものの多くは、それより前に見て歩いたものが題材となっています。 ※ここでは個展に出す予定の絵をいくつか公開します。 |
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「麻 袋」テンペラ、パネル F8号 |
今回の絵では、どこを描いたものかということは、本当にどうでもいいことだと思っています。また、私のつけたタイトル、例えば枯れた野を描いた絵が「枯れ野」であるなど、本当にばかばかしく見えるだろうとも思っています。しかし今回の個展で私が目指したものの多くは、すべてこんな具合なのです。
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それが最初、どこか特定の、その、他でもないまさにその場所として私に認識され、そこから一つのスケッチとして写し取られ、やがてその固有の場所を表わす記号が無意味なものとして削られ、はぎとられ、描き直されていく。そうしてその固有性、特異性を限りなく失って、私にとってそれそのものとなる。
私は今回の制作の中で、繰り返しそうした体験をしました。そうして残ったもの、つまり描かれたものはと言えば、遠く、はじめに私が第一歩を踏み出したその風景からは離れ、私にとってのそれそのもの、枯れ野そのもの、日差しそのもの、牛舎そのものとなったのです。 それらの絵がどこを描いたものなのか、それらのタイトルがどうしてこんなにもばかげたものに見えるのか、これでおわかりいただけたでしょうか。 |
「柵」テンペラ、パネル M25号 |
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「日差し」テンペラ、パネル F25号 |
しかしこれは「それらそのもの」、つまり真理への、イデアへの信仰にも似たものを含んでいるという意味で、私が次に超えていかねばならないものに違いありません。
作られたものとしてあるべき世界を、限りなく無化していこうとするのが近代の営みであったとするなら、その残骸の中から再生してくるもの、再生するべきものとは何なのでしょう。 |
| 結論から言うなら、それはすでに存在したものをとらえなおしていく、新たな意味を読み直していく、地味で地道な作業でしょう。すべてを首尾一貫して説明するような、強力で強大な力と体系をもったものではなく、かすかな心のゆらぎ、わずうかな意味のぶれ、ちょっとした認識のゆれのようなものを、ひとつひとつ積み重ねていく、気の遠くなるような営み、小さな物語の総体としてのそれではないでしょうか。 |
「残 照」テンペラ、パネル P25号 |