デモ・テープ 7
新しいこの季節に
Side A Side B
1.Toccata 1 6.アボガドの木が見える
2.新しいこの季節に 7.Only You
3.Human Nature 8.Hey, Jude
4.A Day In The Life 9.1984
5.Toccata 2
前作「あなたの好きなもの」から約1か月、通産7本目のテープになる本作は、これまでになくカヴァー曲が多い。意図してのことというわけではなく、録音していって、ある程度たまると1本にまとめる、ということなのでこういうこともあるわけである。例えば、今回初めてビートルズをカヴァーしたが、これはたまたま古本屋で彼らの楽譜を安く手に入れたことに起因している。
古本屋といえば、ターナーの初期のスケッチを集めた本を古本屋で手に入れた。テイト・ギャラリー(ロンドン)で購入したものらしく、テイト・ギャラリーの値札がはってある。これらのスケッチを見ていて、今まで持っていたターナーに対する理解がずいぶんと変わった。おそらく、完成作、特に油彩を多く目にしていたからかもしれないし、あるいはこの方が多分本当であろうが、私の絵を見る視点が変わってきたのかもしれない。スケッチ、それも本当の意味での画家のその時の気分を描きとめたラフなスケッチというのは、それが粗い表現であればあるほど、言いようのない気分を醸しだしていて、周到に描かれた、一見複雑そうに見える完成作よりも、ずっと複雑な何かを内包していると思う。それがわかるようになったことに喜びを感じる。そしてスケッチと完成作といった境の無意味さを感じる。さらには、ただ一回の筆、一滴の墨に気分を盛り込む水墨画にそうしたものをこえたものを見出す。ターナー晩年の1830年頃に描かれたというスケッチが参考図として上げられているが、そこにあるのは右下の4分の1ほどの影と微妙な色合いを持った色彩だけ。その色も激しくこすった後が見られる。おそらくは海辺の風景を心象的に描きとめたものなのだろうが、この一見すると何を描いているのかわからない汚れのような一枚のスケッチの中に、私は何とも複雑な心の流れを見る。これこそが、自分の目指しているものだろうと思う。目の前にあるものの奥にあって、確かにわれわれをひきつける、しかしそれとはわからない何ものか。絵に限った話ではない。われわれは、そうしたもの、目に見えないが確かに存在し、われわれを生かしめ、ひきつけている何ものかに向かって、この生をまっとうせんとしているのであろう。その生は、周到に用意され、計算された上で行われる完成作ではなく、一回限りの、即興的な、しかし一筆一筆にはその積み上げてきた生がにじみでるような、そんなものなのだ。
Atsushi Kadowaki 2000.5.30