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Atsushi Kadowaki 2001

司馬遷 「史記(列伝)」

 

 歴史から学ぶといった場合の学ぶ対象は、わかりやすい教訓であることが多いと思う。司馬遷の「史記」列伝の部が、主君を倒した謀反人のロクをはむことを潔しとせず、むしろ死を選んだ二人の忠義者をテーマに選んでいることは、これを端的に示しているように思えわれるかもしれない。
 あるいは作品理解の常套として、作者の置かれた状況を重ね合わせ、友を擁護したがために主君の怒りをかい、しかし死すことを潔しとせずにこれらの著作に励んだ司馬遷が、この二人の中に自らを刻みつけたのだ、という解釈も可能かもしれない。
 しかしここで注意したいのは、彼らと正反対の人格をもった大泥棒についての記述である。この極悪人の登場によって先の二人は相対化され、ここでのテーマが、単なる忠義の人を描くことではなく、長生きした悪人と短命だった善人という対比にあることがわかるのである。
 ここにいったいどんな教訓が見出せるのだろうか。あるいはいったい本人のおかれた状況に対するどんな意義づけが見出せるのだろう。おそらく、あえて言うならば、そうしたものは見当たらないのだ、ということが見出せる。長寿をまっとうした悪人がいる一方で、餓死した善人がいる。ここにあるのは、その人物がどう生きたのか。どんな事実があり、それがわれわれひとりひとりにとってどんな感情をひきおこすのか。そうした、結論づけることなどできず、ただそれを時間をこえた自分たちにかかわる問題として追体験しなおしていくこと。そうしたことだけである。

Atsushi Kadowaki 1998.5  

 

 

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