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テロリズム日記 5

(2001年10月8日〜10月14日)

Atsushi Kadowaki

 

10月14日(日)

 今回のテロの報道の仕方をめぐって、報復ムードを煽動したのではないかという指摘がなされているが、煽動したも何も、反対意見を言えばくびになるのだからしないわけはないと思うのだが、これに関して昨日の朝日新聞(2001年10月13日)朝刊では、北アイルランド紛争報道について研究しているゲイバーロンドン大教授の話を載せている。氏はメディアが「受けての求める情報」に重きを置いた報道をした結果、意図せずして人々を報復に向かわせたと見る。実際、名前はふせてあるが、「米国東部に本拠を置く有名紙」の記者の「読者の求めるニュースを報じていくのが大事だと思う」という談話まで載っている。そして氏はこうした現象を「情報のフリーマーケット化」と呼び、具体例として自国の兵士について、「英国の」ではなく、「われわれの」、時には「われわれの若者たち」という表現を使っていることを上げている。
 しかしこうした「知りたいことしか知りたがらない」というわれわれの姿勢は、メディアから受ける直接的な幻想を醸造するだけでなく、報道されない余白の部分についても特殊な幻想を生み出し、それが対象さえも巻き込んで新たな存在をこの世に生み出していく。例によって最近読んでいる「岩波講座 文化人類学」の中に面白い文章があるので引用しよう。

「オクリーによれば、ジプシーによる占いを成立させているのは、彼らが伝承してきた特別な技術ではなく、内なる「他者」として生きるジプシーにジプシー以外の西洋人(中略)が与えているイメージの方なのだと言う。とりわけ女性のジプシーは未来を予言する神秘的力があるとされているが、これは社会の周縁的存在に対して西洋人が作り上げてきたステロタイプである。「ジプシーの神秘的、呪術的性質」は内在的なものではなく、非ジプシーの側が作り上げたものなのだ。一方で、ジプシーの側では占いを信じるどころか、実は非常に冷めた意識がある。彼ら、西洋人のイメージに自らを重ね合わせながら巧みな演技をし、占いの信頼性を高めるとともに「お守り」を売りつけるといった商売も忘れない。ジプシーは、カードや手相を読む能力に長けているというよりは、社会の周縁からものごとをより客観的に見る姿勢が身に付いているが故に、むしろ顧客の「顔を読む」能力に長けているというべきなのだ。「ジプシーはつまり、他者の非合理性を合理的に利用しているのである」(オクリー)」(土佐昌樹『呪術の現代性--呪術論に見る現代西洋の他者表象--』「岩波講座 文化人類学」第11巻、1997)

 

10月12日(金)

 夕方、バス停へ向かいながら、秋晴れのすばらしい空をながめ、流れる風を感じ、いっさいの静かで美しい自分のまわりの風景を改めて見回しながら、このひと月、自分がまるで病気のように毎日暇さえあればパソコンに向かってキーをたたいていることを思う。ずいぶんと視力も落ちたようで、左右のピントがあわないというか、片目でものを見た方がよく見える。
 ふと私はこの美しい季節をながめやりながら、スペイン戦争で負傷、帰還したジョージ・オーウェルのことを思い出した。戦いの後に彼がふと見いだしたイギリスの美しい風景。むろんそれが彼の心をいやすことはなかったわけだが。

 古代ギリシアの繁栄が奴隷制度の上に成り立っていたように、今日のアメリカや日本をはじめとする国々は、他国の犠牲の上に成り立っているように思う。そしてその連想は、古代ギリシアでの民主制を一部の「市民」だけが享受できたように、今日の世界でも一部の国民だけが自由や民主主義を享受することができ、絶対多数の人々はそんな恩恵に浴することはできないことになっているのではないかという直感すら導く(眠くなりながら)。

 

10月11日(木)

 アメリカでのテロ事件から1か月。今日もアフガニスタンはずいぶん手ひどく攻撃を受けたようだ。急いで帰って見たNHKの夜10からのニュースでは、対照的な(はやり言葉で言えば「非対称な」)レポートが目を引いた。
 ひとつはパキスタンからのものだ。ソ連のアフガニスタン侵攻当初から難民としてパキスタンへ逃げ、いまだに難民キャンプに住むという25歳の男性。逃げて来た当時は幼かったというが、すでに妻子もあり、定職などないのでたまねぎの卸をして歩いているという。彼の願いは「1日も早く平和が来ること」。彼のそんな素朴な願いは残酷なほどに非現実的に聞こえる。
  祖国には残してきた家や土地があるのだという。まるでパレスチナ人たちと同じ言葉で彼は語る。おそらくはそうした声に、早く現実を見すえて新しい生活をしたらどうかと言う人もいるだろう。たとえばパレスチナでは48年の戦争の時から難民がいるから、もう半世紀以上がたち、子どもが生まれ、孫が生まれ、実際に追われた人々は次々に死んでいなくなりつつある。もういいかげんにキャンプから出て新しい世界へ出て行ったらどうかという人もいるだろう。しかしその言葉は、それを発した者へと鋭く跳ね返ってくる。
 いまひとつのレポートはアメリカ、ニューヨークからのものだ。炭そ菌感染者が3人目となり、新たなテロではないかという不安の中、アメリカでは「1日も早くもとの生活に戻りたい」という。そしてその素朴な願いの一方の端には、20年、あるいは半世紀以上、そう願いつづけている人々がいる。
  また、いつ起きるとも知れぬテロに対し、大きな不安を抱えているという。では、今日も来るとわかっている昼夜を問わぬ空爆になら、不安を感ぜずにすむというのだろうか。やがては外国人の特殊部隊が陸路やって来るとわかっているのなら、それほど不安に思わずにすむとでもいうのだろうか。
  あるいはこう忠告することもできるだろう。そんな物騒な国を逃れて、早く新しい生活をしたらどうかと。難民キャンプにしがみついていることしかできない自分たちとは血筋からして違う君ら世界をまたにかけるビジネスマンらは、どんなところへ行っても何不自由なく暮らせるのではないかと。レポーターは言う。この不安に、今後どこまで耐えられるのだろうかといった状況です、と。では耐えられなくなったらどうなるというのか。いったい難民キャンプに押し込まれ、人間性のかけらもない生活を半世紀も送ることに耐えられる人間とはいったいいかなるものなのか。生まれたときから何にでも耐えるように生まれついているとでもいうのだろうか。レポーターにはもっと先を、その先についても述べてほしい。耐えられなくなったらどうなるのか。わかっているはずだ。そう、テロリストになるのだ。まるでそう運命づけられてきた者ででもあるかのように。

 

10月10日(水)

 ノーベル賞受賞のニュースが、夜10時からのNHKニュースの冒頭と最後で流されたが、受賞者本人たちには何の責任もありはしないが、そうした賞を受賞するのが例外なく経済的に豊かな国の人間であるということに暗澹たる思いをする。しかもニュースのテロップで流れた文章が「メンソレータムが大量に生産可」だったりすると、確かにわれわれ一般人にはわからない難しい業績であって、わかりやすい成果として何かひとつ上げたのがたまたまそうだったのだろうが、どうもメンソレータムなんてたくさん作るより貧しい人をもう少し減らしたいなと思ったりするのは私だけだろうか。また、「世界から業績を認められ」というだれのコメントだったか失念したが、いつも出てくるこの「世界」の意味するもの。このどよんとした重苦しい空気。私はみんなでさわやかな気分を味わいたいと思うのだが、確かにそれではあまりに夢想主義過ぎるのだろう。ささやかななぐさめは、あのマザー・テレサのあまりにも有名な逸話、晩餐会を中止してその費用をすべて寄付に回して欲しいと訴えたあのエピソードだ。それはポーズでもなんでもない、本当の現実であった。どれだけ彼女がお金と手助けを欲していたか。われわれのうちのだれよりもである。そしてそれは彼女のいない今も変わらない。

 ブッシュ氏は対テロ攻撃について、アフガニスタン以外への適用もありうると述べたそうだが、どうやら世界に民主主義と平和という文明国家を創造するのはまだまだ遠い話のようだ。
 これに関連して、最近読んでいる「岩波講座文化人類学」におさめられている、梶原景昭北海道大教授の『民主主義と文化の課題』(「岩波講座文化人類学第13巻」1998)のことを思い出した。この論文はタイトル通りのものすごくやっかいな問題を扱っている上に20数ページ程度の短い文章なので、私には何やら嵐のように全体が流れていくような感があり、これを紹介するに要領を得ないのだが、私なりのまとめ方をすると、西欧社会に比べ非西欧社会は民主主義が根付いていくのは時間がかかるものの、決してその普遍的な価値を望んでいないわけではないということになると思う。氏はマレーシアやフィリピン、インドのケララ州およびアフリカのいくつかの国々について実例をあげて検証したのち、「民主主義の理念に疑問を呈する人びとが極めつきの少数派になってしまった現在、それが実際に世界化する過程で遭遇する困難に対する認識も希薄になってしまったのではなかろうか」という問いを投げかける。そして「民主主義の達成度を自認する側は、民主化の進展がゆっくりとした側にいら立ちを募らせ、性急に結果を求め、経済制裁をふりかざすことになる」(p140)という懸念を表明する。
 民主主義と文化、あるいは異なる価値観同士が折り合いをつけていくには時間がかかるという、よく考えてみると当たり前のことを、われわれはずいぶんせっかちにとらえ、せっかく積み上げたものを台無しにしようとしているように思える。梶原氏の懸念は西欧社会の非西欧社会への不寛容についてのものであるが、今回の対テロ姿勢を見るに、私には「民主主義の達成度を自認する側」も含め、まだまだ民主主義や平和といった価値観を練り上げていくには、多くの時間を要するという感想を抱かずにはいられない。
 しかし思えばそれは当然のことではある。民主主義や自由、平和といったものは、いわば永遠にたどり着くことのない理想であって、決して現実に存在するものではないものだから。しいて言えば、常にそこへ向かって進む不断の努力があるだけである。

 この不断の努力について、同じく「岩波講座」中、小泉潤二大阪大教授が紹介しているギャリーの「本質的に競合する概念」(essentially contested concepts)がこれに相当するのではないかと思われる(『文化の解釈』前掲書p183)。ギャリーはそのように、ある種の概念は「本質において競合する」とし、例として芸術や民主主義、社会正義、宗教を上げているという。あんまり短い紹介なのでここから多くを知るよしもないが(邦訳もないみたいなので)、文化を解釈する上での合意などないという文脈の中で紹介されているので、おそらくこの理解でいいのだと思う。今度もっとよく考えてみよう。

 昨日の朝日新聞朝刊(2001年10月9日)に寄稿された作家の辺見庸氏の調子はかなり厳しい。今回の報復攻撃について、非常に強い態度で断固として反対を表明している。しかしそのアメリカ批判は、かなり厳しく見てきたつもりの私にもずいぶん手厳しくうつる。私が、まだまだ氏の言う「国家ではなく、爆弾のしたにいる人間の側に立たなくてはならない」という状態にはほど遠いからであろう。
 氏は今回のテロからアフガン攻撃までを「非対称的な世界の衝突」ととらえる。それはオサマ・ビンラディン氏の背後にある「数千の武装集団だけではなく、おそらく億を超えるであろう貧者たちの、米国に対するすさまじい怨念」とブッシュ大統領の背負う「同時多発テロへの復讐心ばかりでなく富者たちの途方もない傲慢」との衝突である。そして「富対貧困、飽食対飢餓、奢り対絶望という、古くて新しい戦いが、世界規模ではじまりつつあるのかもしれない」とまとめる。しかし弁舌が鋭いだけにその論はどうも平面的で単調である。世界を対立する二手に分けてしまう発想も、アメリカを「建国以来、200回以上もの対外出兵を繰り返し、原爆投下をふくむほとんどの戦闘行動に国家的反省というものをしたことのないこの戦争超大国」という一枚岩でくくってしまう批判も、魅力に乏しく、賛同していく気分をそがれてしまう。おそらく事件からすでにひと月がたち、こうした「基本的な」批判や図式はおおむね出尽くしており、これらを乗り越えていく段階へと、要求される提案の重点が移っているからであろう。たとえば、昨日の西崎氏の寄稿に見られたような、抑制され、重層的な見方をもった、何か前向きな内容を持つものへと。

 

10月9日(火)

今日も昨日にひきつづき、何回かにわけて書いていきたい。

「攻撃再び」 (1:30am)

 昨日と同じ時間にまたあるだろうとテレビをつけてパソコンを打っていると、案の定アメリカの攻撃が始まった。爆弾といっしょに食糧も落とすという詭弁が、何とも政治の悲しい貧困を象徴しているようで、こんな時には思考を停止したい気にもなる。
 「アル・ジャズィーラ・テレビ」が流すアフガニスタンの真っ暗な夜と、その夜に消えていく悲しいほどに散発的な対空砲。これは本当に戦争なのだろうか。
 湾岸戦争の時、イラクは結構やるかもしれないということでかなり綿密な空爆を行い、その後で地上軍を投入したが、サダムの軍は多国籍軍の敵ではなく、逃げるイラク軍を攻撃するしたアメリカ兵は、それを戦闘と呼んでいいのかと思ったそうだ。無力な敵に向けての過剰な攻撃は、まさにジェノサイドという言葉を想起させる。
 本当に反戦運動は無視されてしまったのだなぁ。

「ブッシュ氏の演説とナポレオンの詭弁」 (1:00pm)

 ブッシュ米大統領による攻撃開始直後の演説(現地時間で10/7発表)を読むと、どうしてもナポレオンのエジプト侵入時の布告と結びついてしまう(この件に関しては9/27の日記ですでにある程度書いた)。少し引用してみよう(引用は朝日新聞2001年10月9日朝刊より)。

 「同時に、虐げられたアフガニスタンの人々は、米国と同盟国の寛容さも知ることになるだろう。軍事標的を攻撃するとともに、我々は飢えに苦しむアフガニスタンの老若男女に、食糧、医薬品、生活用品を投下する。米国はアフガニスタン国民の友人であり、我々はイスラム教を信奉する10億近い世界中の人々の友人である」

 一方ナポレオンも、マムルークたちに虐げられている、かつての栄光の末裔であるエジプト市民を救うために来たと自分の「標的」を明らかにした上で、自分たちを「神と、その預言者と、コーランとを尊敬する者」と位置付ける(全文はこちら)。しかしこれが当のエジプト市民やアフガニスタン国民にとっては何ものをも意味しないことは明らかである。

 今回の事件ではやけに「イスラムやアラブは敵ではない」「文明の衝突は回避しなければならない」といった言葉が飛び交い、まるではやり言葉のようだ。「他人の信条は尊重しなければならない」ということ自体当たり前すぎて、どんな意味があるのかといぶかしく思っていたのだが、この言説に飲み込まれていく危険性について、最近やっと理解できたことがある。世界を席巻しているもの言いは、私には考えつかないほど巧妙で、その裏に何を隠しもっており、それによってわれわれの思考をどう導いているのかを見抜くのは、私にはおそらく不可能に近い。実際に体験して初めておぼろげにわかることが多少あるという程度である。だから次のような意見を聞かなかったなら、私にはこのもっともらしい言葉を見抜くことは永遠に不可能だったと思う。
 私は菜食主義なのだが、その理由について「かわいそうだから」としたところ、ネット上で知った知人は次のように述べた。

 「その実のところ、考え方は 個人個人違うのが当たり前だし。 その点で私は、肉を喰うのも 野菜だけを食べるのも良いのだ、 と思っています。 もし、多数の人々がベジタリアン的な 食生活が良いと同意したなら 世の中は自ずからそうなると 思います。 だから、まあ、ごり押しとかは しません。私の見解について。 アメリカの宗教団体が布教のために 日本全国にいますよね、自転車に乗って。 私から見れば、彼らの行為は、まあ 少しばかり邪魔くさいな、と思えたりします。 それでも、信仰の自由はあるわけで 別段、彼らを邪険にするわけではありません。 その意味で、別にベジタリアンがいても 私は良いと思ってます。 だから、門脇さんと私の意見は 違っても、それはそれ、これはこれ だと思っています」

 こんなストレートなもの言いをしてくれる人はめったにいない。私のまわりでも、「じゃあ野菜はどうなるの?」とか「栄養不足になる」とか言ってくれる人はいるが、話はそれ以上深まらない。
 ではこの見解で私が受けた衝撃とは何か。それはすなわち「他者を尊重する」という先の言説が、「他者のある部分を無視することで受け入れる」という理解にすりかえられている点にある。いや、世に蔓延している「尊重」のほとんどのものが、こうした「無視」を基盤としたものなのではないかと私は疑っている。そしてそれが「無視」できるほどに穏健なら問題はないが、そうできないほどに危険なものであれば、これと断固戦わなくてはならないということになる。
 アフガニスタンには今のところ「罪のない」市民しかいないと目されている。しかしかつてナポレオンが出会ったカイロの虐げられてきた無力であわれな市民が、突然暴動を起こす「危険な」市民になったように、今回のアフガニスタンへの作戦が、彼らを危険な人物へと追い込むことのないように願おう(今朝の新聞によると、パレスチナ警察がデモ中のパレスチナ人を撃ち殺したそうである)。

 

「ブッシュ外交の単独主義とニューヨークの包容力」 (10日2:00am)

 アメリカ、イギリスの攻撃は現地の昼間にも行われたとのこと。たった数十発の巡航ミサイルと爆撃機による2〜3次の攻撃で、すでに対空防御もできないタリバーン。すでに現地入りしたという米英仏の特殊部隊。爆弾とともに投下される4万人分の救援物資(救援物資を必要とする人は700万にのぼるという)。湾岸戦争時とは比較にならないほどの精度を誇るという爆撃によって崩壊したNGOの建物と、死んだとされる4人の民間人。
 これと連動して北部同盟の反撃が始まり、すでにカブールが落ちるのは、いやタリバーン政権が崩壊するのは時間の問題という。
 イギリスではブレア首相が一生懸命イスラム、アラブとの戦いではないと言っているそうだが、もちろんそうした人々への国内での嫌がらせに効果があるとは思えない。10年前ロンドンへ行って、パディントン駅近くの安ホテルで一週間ほど過ごしたときのことを思い出す。アラブ系住民が多数暮らしていて、シシカバブも売っていたし、夜、違法駐車でレッカー移動されているのもアラブ人だった。パリでも北駅近くではたくさんのアラブ人を見かけた。どんどんアラブ人がやって来ているんだなと思ったものだ。
  しかし日本でもそれは同じことだ。去年は代々木上原に630人収容の東京モスクができたという。地方に住んでいると全然わからないが。

 一昨日の朝日新聞朝刊(2001年10月7日)に掲載された西崎文子成蹊大教授の寄稿は非のうちどころがないほどにすばらしい。
 氏の論説は、テロ事件以前のブッシュ外交に見られた単独主義が、事件後まるで一転したかのように見えるが、それは本当かという問いから出発する。そしてブッシュ氏がテロリズムを自由や文明に対する挑戦と位置付けながらも、自身で「自由や文明に対する考え方を説得的に提示したことは一度もな」く、「その中身を不問にしたまま、冷戦時代さながらに、アメリカの側に立つのか「敵」の側につくのかを世界に迫」るこうした「アメリカという国家と文明や自由とを等号で結びつけ、追従を求める姿勢は、単独主義以外の何ものでもない」という結論に達する。
 一方、氏によって、ブッシュ氏の狭隘な単独主義姿勢と対置されるのが「ニューヨークという特別な街」である。「芸術家や企業家、タクシー運転手やホテル従業員など、あらゆる階層の人々が、英語の不自由さをものともせず、自分たちの「機会」を求めて闘う街」の包容力、それを代表するかのようなジュリアーニ市長の言葉。「ニューヨークがあらゆる民族や宗教の人々からなる街だからこそ、このテロ事件が特定の民族や宗教に対する迫害へとつながらないよう努力しなければなりません」
 解決へ向けて、氏はテロ現場で続けられる黙々としたがれきの撤去作業にも似た気の遠くなるようなプロセスが必要であるいう。そして「多民族社会の現実を見すえ、その可能性を信じ続けることこそが、テロに対する最終的な答えなのである」と結んでいる。
 事件以来読んできた論説の中で、これほどに抑制されながら頭も胸も打つ文章はなかったように思える。後学のために全文をここに引用しておこう。

 

10月8日(月)

今日は何回かにわけて日記を書こうと思う。

「悲劇再び」 (12:30pm)

 とうとうアメリカによる攻撃が始まった。アフガニスタンの軍事拠点を中心に6か所が攻撃され、巡航ミサイル50発と爆撃機15機が使用されたそうである(しかしなぜ私はこの文を受動態で書くのか)。イギリス軍もこれに参加。現地は夜。だれかがどこかに書いていたが(当たり前か)、われわれのように電気を湯水のように使い、インフラの整った国では暗い夜など存在しない。しかしアフガニスタンはまさに漆黒の中だろう。
 朝の10時過ぎ。さっそくテレビを1時間ほど見る。私はほとんどテレビを見ないので、映像による報道が実に新鮮だ。今回の事件で、アメリカではテレビ中毒になった人が相当いるそうだが、なるほど感覚にかなり強く訴えてくる。何がと言って一番驚くのは、パキスタン人やタリバーンのあの臭気が漂ってきそうな、暑苦しい映像である(これに対するブッシュ氏のすがすがしい格好)。私が見ているのはNHKだが、この映像を15分おきに流している。いやが上にも彼らの「本性」としての「悪」や「後進性」が画面上に漂ってくる。そしてモスクに集まってコーランを読む前近代的な姿。こうしたある種の恣意的に切り取られたポイントをたどって、われわれは毎日、「われわれ=先進国」の「善」と「先進性」を、そして「彼ら=後進国」のおそらくは「無知」による「悪」とその「本性」に由来する「後進性」とに関する「感覚」を積み上げていく。
 しかしおもしろいのは、こうした映像のすべてを消し去ってしまったらどうなるかと考えてみることだ。新聞でもそうだ。あの論評する人物の顔写真、あれも消してしまったらどうだろう。どれだけわれわれが感性にたよっているか、しかし問題はそんな単純ではない。同時にその感性がどれだけ大切なものであるか。
 私は感性でものを観ることの重要性はどれほど強調してもし過ぎということはないと思う。実際に論理的な説明によって到達できるところは限られている。たとえばどんなに悲惨な出来事についても、それを定量的に語ることはむなしい。それを補いつつ、さらに高みへと押し上げてくれるのは、われわれの本能的にもつ共感や浸透性という感性以外にない。そしてそれがわれわれの社会を決定的な破滅から守ってきたのだとも言える。しかし論理的説明がその性格上、整合性を備え、証明という手続きを持っているのに対し、感性に開かれている地平は、極論すれば直感に基づくものだ。その美しさと危うさは改めて言うまでもない。だからこそ私は論理的思考法と同時に、感性を磨く必要性を強調したい。逆に言えば、芸術といものがかつて持つにいたった脱社会性のようなものが、今日この他との共感という社会性を取り戻すことによって、新しい論理的感性の上に、多様な仕事を展開させているのを見るのは実に喜ばしいことだ。賛否はあれ、参加型のアートというものが注目されるのは、こうした態度をやはり直感的にいいものと受け止める感性が、われわれのうちにあるからであろう(むろん、私自身はそういうものを作りたいとは思わない「後進的」人間であるが)。

 さて、テレビを見て気になった点は、ブッシュ氏にせよブレア氏や小泉氏にせよ、みな冗談のように口をそろえて「善と悪との闘いだ」と泡を飛ばすところだ。こどもの頃ですら、こうした素朴な世界の見方はよくないと思ったものだが、こうしたまるでランボー顔負けのセリフを世界を牛耳る実力者たちが、まるで打ち合わせたように真剣な顔つきで語らねばならない=語らされてしまう世界とはいったいいかなる状況におかれているからなのか。
 そしてまた、解説としてスタジオに呼ばれている専門家の「客観的な」見解。「シーア派はイスラムの90%を占める多数派」という「言い間違え」(比較的急進的なシーア派は少数派で、穏健なスンナ派が多数を占める)に他意はないとは思うのだが、「イランはイスラムを「建て前」としている国ですから」といった解説に至ると、この人は実は何かある考え方をわれわれにさせようとしているのではないのかと疑ってしまうのは、私だけだろうか。私はイスラームに関してはある程度大学で学んだことがあるので、こうした点に疑いをさしはさむとができるが、他の点に関しては何かうまく思い込まされているような気がしてならない。

「手嶋支局長のわな、平和ボケ、アメリカ対策本部、SAS」 (すでに9日の0:30am)

 今回のアメリカでのテロ事件で、アメリカからの情報を伝えるNHKのまとめ役になっているのが、ワシントンの手嶋龍一支局長である。氏は一部の人々の間で、ひそかに「テッシー」と呼ばれ、ファンクラブもあるとか(詳しくはこちら)。
 しかし氏の今日の解説(夜10時からのニュース)はいささかいただけなかった。氏は今回のアメリカとイギリスによる攻撃について、アフガニスタン市民の被害を最小限に抑え、タリバーンのみをたたくという、非常に難しいものだと述べた上、それを「癌を取り除く手術」にたとえた。おそらくは作戦(オペレーション)と手術(オペレーション)とをかけたのだろうが、そのウィットに富んだ言葉遊びの中に含まれる「オリエンタリズム」に、氏は気づいていたのだろうか。タリバーンを「癌」にたとえるその言説は、中立的な報道にはほど遠い。サイードが指摘し、ヨーロッパが、そしてアメリカが積み重ねてきた知の領域における従属作業が、こんなにも露骨に、いや巧妙に、あるいは無意識に行われている現場を見、やっと彼の言わんとしていたことがおぼろげながらに理解できてきたように思う。

 「平和ボケ」という名の断定的もの言いというか、議論中断装置というか、あるものにすべてを包含していくことによってそれを扱いやすいものに、より脅威でないものに仕立てあげていく行為(これも「オリエンタリズム」か?)がなされているという(例えば朝日新聞10月6日朝刊での東陽一氏による指摘)。これはいったいどういうことか。戦争をせよということか。おそらくそうなのだろう。なぜなら、戦争に「ちょっとだけ参加する」などということは不可能だからだ。それができると考えているのなら、それこそが「平和ボケ」であろう。

 「テロ対策本部」というのが首相官邸に設置され、今夜一回目の会議が行われたそうだが、これは名前を「アメリカ対策本部」とした方がいいのではないかと思う。かつてトインビーが「東方問題」とはすなわち「西方問題」だと言ったのに似ている(それでずいぶん友人をなくしたらしいが)。

 すでにアメリカとイギリスの特殊部隊が現地入りしているという話だが、フランスの部隊も入ったらしい。かつて湾岸戦争時にもこれら特殊部隊はスカッドミサイルの位置特定や無力化といった任務を帯びて作戦に投入されいる。実際に従軍した元SAS(イギリス空挺部隊)下士官アンディ・マクナブによる湾岸での作戦を描いた『ブラヴォー・ツー・ゼロ』や、彼がSASに入るにいたった幼少からの経緯やその後参加した数々の作戦について書いた『SAS戦闘員』(いずれも早川書房より邦訳)を読んだことがある。特に後者はあまりに内部事情が克明に描かれているので、議会で発刊停止を議論されたそうなので、いわゆる軍事評論家といった方が書いたものよりもかなり真実に近いものなのだろう。イギリスはいまだに世界各地にこうした特殊部隊を派遣しているのだ(平和時であっても)と驚いた記憶がある。
 しかし今回の事件で私がこの本を思い出したのは、「エリート部隊」とされる彼らの実像が、「エリート」という形容が一面的なものであり、結局は攻撃的な性格をもてあまし、仕事にあぶれた若者たちが、経済的な理由や犯罪から足を洗うために軍に入隊し、しかし軍に入隊したところで学歴のない彼らの将来はすでに決定づけられているため、この閉塞感から抜け出す唯一の道としてSASをはじめとする特殊部隊の試験を受ける(むろんこれとて体力的な資質にめぐまれていることが条件であるが)という彼らのいわば閉塞感であり、実はこれはテロリストと呼ばれ、うまく一部の煽動政治家に利用されている戦闘員と何も変わらないように思えてくることだ。
 そして皮肉なことに、こうした世界の外へ押し出されるのを、「SAS」とか「タリバーン」とか「アルカイダ」といったアイデンティティで何とかつなぎとめている彼ら同士が、互いに戦闘を交えなければならないということ。さらに言えば、アメリカやイギリスが攻撃しようとしている彼らムジャヒディーンに、対ソ連兵器としてスティンガーミサイルを与え、その使用法を教えたのがまさに彼らSASということだ。かつてともに闘った者同士が戦火を、比ゆとしてでなく交えなければならないという、これ以上の皮肉があろうか。
 そしてこうした構図は、図らずもブッシュ氏が声高にぶちあげ、謝罪するに至ったというあの「十字軍」状態にますます酷似してくる。何がそうかと言えば、それが結局は理念などおかまいなしの、政治的かけひきに満ちたものであるという意味で。実際キリスト教徒とイスラム教徒は理念などそっちのけで、その属するさらに小さな集団の利益を守るために、網の目のような同盟を組み合ったのだ。

 

今日のテロリズム日記
テロリズム日記 6 (10/15〜10/20
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