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11月18日(日)
晩秋の山の中で、ラジオニュースを聞く。今日の宮城県知事選挙は、異例の低い投票率になりそうだという。そしてファースト・レディがラジオ演説を行ったとか。
絶対の善や正義というのが、われわれの住む現実世界のものでないことは周知の事実である。誰にでも落ち度はあるし、見方によっては善が悪に転化することもしばしばである。そんな基本的で初歩的なことは今日、うちの塾に来ているどんな小さなこどもでも知っている(こどもでも、などというと彼らに失礼だが)。
そんな中、決して自らの政策に一点の誤りもないかのように振る舞い、宣伝する人々というのがどれほどあやしい存在と映るか、わかっているのだろうか。いや、それ以前の問題なのか。それが自分たちの国の政府であれ、何であれ、そうした態度をとる者たちが、どれほどあやしいやからと思わなくてはならないか、わかっているのだろうか。
盲目の雄ライオン、マルジョーンの写真が、朝日新聞の16日朝刊に掲載される。いくつもの物語がそこから流れ出てきそう。少し情緒的な、しかし暗に社会風刺的で、やや懐古調の、複雑な筋と倫理観をもった、善悪を超えたところにある生についての物語。
11月17日(土)
テロリズムの根本原因
貧困がテロの原因であるということが再三言われる。問題がそう単純でないことは誰の目にも明らかなので、おそらくはそれをもってわれわれ自身への問いかけとなす、インパクトあるきっかけとして使われている面が大きいとも思われるが、端的でわかりやすいだけに、思いもよらぬ方向に解釈される危険性を帯びているようにも見える。
つまり、貧困がテロの原因であるならば、世界中の人々が経済的に豊かな暮らしをすればいいわけで、そのためにはグローバルで一元的な資本主義経済を世界中に広げていけばよいという単純で素朴な意見のことである。そうした文脈の中では、地域の多様な文化は経済的な豊かさの浸透を阻害する要因としてしかとらえられない。
むろんこれほど稚拙で楽観的な見方とはいかずとも、なぜこのアメリカ型の繁栄を批判的に思うのか、あるいはアメリカ人のもの言いとしては、「どうしてわれわれはこれほど憎まれなくてはならないのか」。そのように思い、それに明確な回答を寄せられない状況が確かに存在するように思う。
むろんそこに含まれる自己批判の甘さが問題なのであるが、それを許さないほどにこの資本主義の恩恵はわれわれを本当に鈍感にさせている。
「不便」と「不自由」とがほとんど同義に用いられているのがそれを端的に表わしている。われわれが肉体的精神的に限られた存在であることは論を待たない。しかし経済的な豊かさが、それを超越する権利をわれわれに保証しているかのように誤解させ、われわれはその不便さを憎むまでに至っている。今日、不便さを見直し、そこに喜びを見いだそうとする人々、例えば山伏の修行に参加する人が増えているなどという話を聞くが、こうした態度は、経済万能主義への疑問から生まれたものであろう。それは自分たちの伝統的な社会が育んできた、経済的なものを脱した、あるいは超えたところにある豊かさを再発見しようとする知的な取り組みの一形態であると言える。
こうした中で先の言説、「貧困がテロの原因」という言葉を見直してみると、そこに見られる平板で単純なもの言いに、いくばくかの厚みと複雑さが付け加わってくるように思う。伝統社会のもつ素朴で平穏な豊かさと、市場経済のもつ定量的な豊かさとが共存するためには、非常に困難で痛みを伴った地道な営みと絶妙なバランス感覚が必要なのである。伝統社会の慣習を頑強に維持すべきだなどと言っているのではない。そこに見られる頑固な後進性が、ある特定の人々を抑圧してきたことは確かであり、さまざまな観点からものを見ていくという近代の知性でもってそれを客観化していくことは絶対に必要なことである。しかし一方で、市場化による経済的な繁栄の仮面に隠された、新たな差別と抑圧にももっと本当の意味で気づいていかねばならない。経済的な豊かさと基本的人権の尊重という近代のもつ果実を望む一方、自らのアイデンティティーとしての伝統社会の豊かさを保持したい。そうした二者択一的でない、複雑な生の営みというものへの理解。
思うにわれわれは足るということを知らない。われわれはもう十分に自分たちは経済的な豊かさや、便利さを享受したから、もうそろそろそうでない人々のことも考えようなどということにはならない。暴力が暴力を生むように、欲望は欲望を生む。そこではいつもわれわれは弱者であり、まだまだ豊かでも便利でもないのである。だからそれを求めるわれわれがなぜ憎まれるのかが本当に分からない。
そしてまた豊かさには自分たちと同じ質の「豊かさ」しかないかのように思い込んで疑わない。こうした自己批判への怠惰こそが、このテロ事件の原因であり、根本解決を阻んでいる。
一昨日の日記で取り上げた内橋克人氏のいう「人間化された資本主義」という意味するものは、こういうことではないかと思われる。
テロの原因は貧困にあるのではない。強者が可視的不可視的に押し付ける制度的な抑圧が、それを引き起こすのである。それに対してわれわれは、誰ひとりとして無実ではない。常にそれについて考えつづけなければならない。その責任を放棄できるほどに貧しく、虐げられている人など、この国にはそれほどいないはずである。
11月16日(金)
上からのテロリズム
関西大助教授の岡田朋之氏は、一昨日の朝日新聞朝刊に、コミュニケーション研究の立場から今回のテロとアメリカの反応について簡単なコメントを寄せている。それによると、世界貿易センタービルなどをねらったテロ行為を「下からのテロリズム」とするならば、「権力」の側が自らの支持を拡大しようとする行為を「上からのテロリズム」と位置付けることができるという。
非対称なもう一方という側面の、新たな表わし方。
11月15日(木)
kfさんから、もっと見やすいスタイルをとってはどうかというアドバイスをいただき、実にもっともなことと、とりあえず文章を真ん中によせ、小見出しをつけてみることにしました。いかがでしょう。
内橋克人氏と「人間化された資本主義」
カブール陥落が一面を飾る昨日の朝日新聞朝刊に、経済評論家内橋克人氏のインタビューが掲載されている。私のような人間からすると、経済面というのは何ともたいくつなものだが、氏の評論は私のような者でもほとんど退屈させることがない。おそらくそこには「専門分野」というものを超えた、真の知性特有の何ものかがあるからだではないかと思われる。
さて氏はこのインタビューの中で、今回のテロ事件によって世界は変わったかという問いに、変わったのではなく、「世界の構造があぶり出された」と返答している。氏の言う「世界の構造」とは、「冷戦構造の崩壊後、世界が市場によって一元的に支配された構造」すなわち「市場一元主義」であり、その本質は「資本にとっての『徹底自由』を世界同一の基準として確立しようとするところ」にあるとする。この構造の下では「自己増殖しながら疾駆するマネーが、人間労働の成果や自然を含む資源を、貧しい国から富める国へと移す道具」と化し、「ひとりの照射の背後に幾千万の敗者」を生むこととなった。
こうした「マネー資本主義」に対抗し、市場経済をより健全なものにするという意味で、氏はイスラムに注目する。かつて共産圏に対抗する必要性から、資本主義はその手厚い社会保障制度を意識した弱者への配慮を「渋々」行ってきたが、対抗勢力である共産圏が崩壊したことから、90年代にマネー資本主義は野放し状態になってしまった。こうした「マネーの暴力、非道徳性」は「長い人類の歴史はむろんのこと、資本主義の歴史から見てさえ大いなるゆがみである」と氏は断じる。
イスラムでは「労働の対価以外の報酬を受け取ってはならない」。つまり、利子や利息といた不労所得はありえない。その「基本にあるのは喜捨の考え」であり、「利が利を生むマネー資本主義に対するアンチテーゼがイスラムにある」とする。何とも優れた分析力だ。イスラム法が利子を禁じているのを私はおぼろげながらに思い出す。一時期、それで銀行が成り立つかが問題になったように記憶しているが、内橋氏によると、「イスラム銀行はすでに世界20カ国に広まってい」るという。
では氏の目指すところはどこにあるのか。それを氏はもっと抑制された市場経済への進化、「逆にいえば資本主義そのものをより人間化するという方向に進むのではないか」という期待とともに語る。「巨大なマネーの襲撃から地域と社会を防衛するいかなる制度も障壁とみなして排除しようとする、そういうグローバリズムの終えん」。
何とも美しい話ではないか。
私は就職活動をする段になって、ひんぱんに「会社はボランディアじゃないんだから」といったたぐいのもの言いを聞くようになった。会社に入ってからはバブル崩壊という時期も手伝って、もっとひんぱんに「会社は利益を上げるためにやっているのだから」という言葉を聞くようになった。しかしついぞそれがなぜかを説明される機会はありえなかった。今後もそんな機会にめぐりあうことはないだろう。
高校の頃、労働者が生産したものは、労働者の労働力によって生み出されたもの以外の何ものでもないのだから、すべての利潤は労働者のものだという共産主義をマンガで説明した察しの話を読んだときには正直、何とばかげた理屈だろうと思ったものだ。
しかし社会に出て、実際に目に見える形でその制度的な歯車に身を横たえてみれば、それがあながち間違っているとも言えない気がしてくる。会社に勤めているときにはそれは目立ったものではなかった。大きな組織であるし、自分よりも優れた人はたくさんいて、そうした人々がその中でしのぎを削っている。残業代が出ないのは何か個人の非道徳的な意図ではなく、組織的、制度的な何かの具合でそうならざるを得ないものなのだ。ものごとがすべて規則通りになっていないからといって、それをいちいちあげつらねるなど大人げないではないか。
しかしもっと小さな集団に入って、どう見ても意図的なサボタージュをしているとしか思えない人がそのときどきの思いつきで決めることに振り回されたり、経済的な不安定性を強いられたりすると、何やら自分が共産主義者のように思えてくるのだ。
イスラムでは利子は禁じられているという話を妻にすると、利子について知った時の驚きについて話してくれた。はじめて利子というものが存在すると聞いたとき、彼女はなんていじわるな思いつきだと思ったそうだ。お金がないから借りるのに、どうしてその人からお金を取るのかがわからなかったと彼女は言う。
しかしそんな素朴な価値観すら役に立たないほどに、お金というのは巧妙だ。今では生活するためのわずかなお金を借りるのではない。さらなる利潤を得るための資金としてお金を借りるのだ。そうした、われわれのようなつましい生活を送る者たちからすればほとんど暴力ざたとしか思えぬようなことがこの世界を席巻し、それに乗り遅れまいと争っている。どうしようもないほどに取り残された者にはいったい何が残されているというのか。それのどこにフェアプレーが、公正が、信実があるというのか。
11月14日(水)
私の住む仙台に本拠地をもつ「デイトFM(旧FM仙台)」を流していると、ちょうどお昼どきで、おそらく職場などでも流しているのだろう、軽い音楽と若そうな女性DJの声が聞こえてきた。聞くともなしに聞いていると、その軽快で毒のないDJの話し口には何とも不釣合いなことに、話題はいつかアフガニスタンに及び、タリバーン政権下で長らく音楽が禁じられてきたということが語られ始めた。
「そのそんな状況だったらいったいあなたはどうしますか? 私だったら本当にどうしようかな〜と思います。一説にはクリスマス頃には決着が着くと言われていましたが、ホント、どうなっちゃうんでしょうね〜。それでは次の曲。。。」
むろん私はこのような簡単な「コメント」によって事実を語ることはできない、などという堅苦しくばかげた非難をしようというのでもないし、自らの内容のない語りにひとつまみの知性をにおわせるために、死と隣り合わせにいる人々を動員しようとしている無遠慮さを攻撃をしようとしているのでもない。私が問題にしたいのは、お昼休みの休憩時間に流れる軽い音楽とおたよりの時間などという、言ってみれば政治的な言説とは根本的に相容れないそのような場にすら、こうした短いコメントがサブリミナル効果よろしく差し込まれ、そのことがわれわれのうちにいったいどのような「常識」をつくりつつあるのかということなのだ。
ペシャワール会の中村哲氏の一連の発言は、こうしたわれわれのまわりに張り巡らされたやわらかな繭のような「常識」と、あまりにかけ離れているために、とても新鮮であるとともに、それをどう理解していいのか悩まされるものでもある。
朝日新聞朝刊や池澤夏樹氏のメール・コラム、今月号の『中央公論』および『世界』などに見られる氏の一連を総合すると、次のようなものになる。すなわち、タリバンは厳格で権威主義的な原理主義ではなく、単なる「田舎政権」で、アフガニスタンの田舎では常識となっている慣習をもって統治しているだけである。その支配は厳格で好戦的なものではなく、禁止事項も建て前上のことであって、裏では平気でそれが行われているし(例えば女性の教育やビデオ撮影、マークなどの偶像崇拝)、たった1万5千の戦力でアフガンの大半を占領できたのも、ジルカ(長老会議)を通じて支配を受け入れさせたからであり、現在の北部同盟を組んでいるかつてのムジャヒディーンの暫定政権時の無政府状態に比べれば非常に平和的である。また、タリバンが厳しい言論統制を敷いて人々を無知な状態においているというのはあたらず、アメリカよりの可視的不可視的な圧力を経ずに情報を得ている点で、日本よりもずっと正確でバランスのとれた情報を得ている。ビンラディン氏については、「掟として守るべき客人ではあるけれども、迷惑だ」というのがタリバンの大部分を含めたアフガン人の一般的な受け止め方である。
17年間、現地で医療に当たってきた人物の言葉は非常に重みがある。特に援助金の多くが人件費などに消えていくという「プロ集団」からなる人道援助団体の中で、ペシャワール会においては援助金の95%以上が実際の援助に使われるというすがすがしさを聞くと、氏の言葉のすべてを事実と信じたくなる。
タリバンが厳格で権威主義的なのではなく、おうおうにして田舎の古い慣習はそういうものだという説明は、実に説得力がある。規律は建て前として守らねばならないが、見えないところでは大丈夫という事態は、近代的な官僚組織に牛耳られているわれわれには、厳格な規律というものは、何とも冷酷に見えるものだ。しかしそれを運営するのは生身の人間であるということを、こうした指摘は思い出させてくれる。初心者マークを貼り忘れて走っていた私を、大目に見てくれたおまわりさんの顔を、私は思い出す。
では、よく言われる女性の権利を奪い去るタリバンというのはどうか。中村氏はこれも同じく、本音と建て前、そして安全性から説明する。差別の象徴のような感すらある「ブルカ」は民族衣装であり、社会慣習としての一面がある一方、ムジャヒディンがカブールに入って来たころは、婦女暴行や略奪婚が相次ぎいだ経緯から、安全性から着けているという面もある。また女性の置かれた地位は、確かに厳しいものであり、西欧の基準からすれば「虐待」とも受け取られかねないが、伝統的社会がそうであるように、日陰の女性というのはイメージ上のものであり、実際には女性がものごとを牛耳っている力強い面もある。女性差別に対する訴えを主張しているのは、カブールの富裕な知的特権階級で、西欧文化の恩恵を受けた一部の女性によるものだ。
面白いのは、『世界』ではこうした論を展開する中村氏のインタビューのすぐ後ろのページに、「アフガン女性の闇に光を当てる団体RAWA」というフリー映像ディレクター川崎けい子氏による文章が掲載され、まったく別の内容となっていることだ。川崎氏は「アフガン歴」2年。外で働くことが禁止された結果、戦争による未亡人の生活の糧が失われ、ばれれば姦通の罪で死刑と決められている売春をそれらの女性は余儀なくされているという。同じような内容の記事を『エル・ジャポン』で、テロ事件前に読んだおぼえがある。アフガンに潜入したフランス人ジャーナリストによるもので、戦争未亡人は物乞いをする以外に手立てがないというものだった。
これらの相反するふたつの「事実」をわれわれはどう受け止めるべきなのか。どちらかが真実で、どちらかが虚偽なのか。解釈の違いであって、どちらも正しいか、あるいは間違っているのか。
中村氏の視点には、確かに現地に対する共感がある。現地に溶け込んだ者にして初めて見えてくるものがあり、だからこそ理解し、受け入れることができるものがあるのだ。これに対して新参者たるわれわれは、自分たちの「常識」でもってこれを見ようとする。しかもすべてに関して見ようというのですらない。自分たちの好きなところを好きなくらい見ようというのだ。この例では「女性」。先に上げたラジオの件では「音楽」。
われわれの「常識」において、女性が働くことができず、ブルカをかぶり、物乞いをしなければならないとしたら確かに「虐待」以外の何ものでもないし、好きな音楽を聞くことも演奏することもできないのでは、いったい生きていてどんな楽しみがあるというのかと思うであろう。しかしそれは「豊かで平和」なわれわれの社会でこそ意味のあるものであって、生きるか死ぬかが問題とされる社会では、果たしてそれほど大切なことなのかという視点が、中村氏の中にはあるように思う。逆に、では生きていければ、伝統的社会が守られれば、女性は抑圧され、音楽は奏でられずともいいのだろうかという疑問がわく。民主的で文化的な人類の成果が、どうして彼らにだけは開陳されることが許されないのか。
そして結局のところ私の到達できるところというのは、本当につまらないこと、すなわちわれわれの営みというものが、常に理想と現実との相克の中で、一方をにらみながらまた一方への目配りを怠ることなく、それを前進させていくこと、そうして目の前の山をひとつ越え、それを越せばまた次を越えというものであること、どこにも逃れられる新しい大地はなく、すべてを一挙に「決着する」神の業など存在しないこと、しかし考えてみればその遅々とし、苦渋に満ちた営みこそが、生きるということの着実な意味であるということなのだ。
しかしいつも思うことは、われわれの単純で乏しい想像力をはるかに超えて、現実の人間の営みというのは、偉大なほどに複雑であるということだ。その事実を知りたいがために、われわれはそれに当たり、学び、理解しようとする。それが何かの役に立つかどうかとかいったことは問題ではない。うまくいったかどうかも問題ではないように思える。ただ日々それに立ち向かい、常に積み上げたものを突き崩していく努力を重ねるだけ、それだけのように私には見える。そこには簡単な言葉もわかりやすいもコメントもない。事実が存在するかどうかさえも疑わしい。
"The Pale Tide" Atsushi Kadowaki
11月13日(火)
雑誌『現代思想 総特集イスラーム オリエンタリズムと現代』(1989年12月臨時増刊、青土社)にエドワード・W・サイードの「真のテロリスト」("The
Essential Terrorist in Blaming the Victims",1988)というたいへん示唆に富む文章が掲載されている。13年も前の文章であるが、特に何ら違和感を感じない。サイードはレーガン政権によるリビア空爆を非難しているものの、それがリビア空爆というだけで、結局のところ何も変わらない。94年に執筆された『文化と帝国主義』ではそれが湾岸戦争となり、やがて出されるであろう著書は今回のアメリカでのテロ事件を取り上げるであろうが、結局そこからわれわれが見いだすのは、人間という複雑な生の状態を、テロリストという先天的あるいは文化的にある集団の所与のキャラクターとして規定してしまう一方、同じことを別の集団が行う場合には別の解釈が用意されるという欺瞞に満ちた態度なのである。
「テロが弁護の余地の全くない、嫌悪すべきものとなったのは、そうむかしのことではない」と訳者の浅井信雄氏は解説の中で述べている。大仏次郎は、短編「詩人」(1933年5月号雑誌『改造』に発表)でテロリストの献身的純粋さの中の心やさしさに共感を寄せ、70年代初め、『ニューヨーク・タイムズ』のレストン記者は、テロについて「無法と無秩序は追い詰められた弱者にとって最後の希望の道」と書いた。
それが70年代決定的に変わる。サイードによれば、それは「パレスチナ・ナショナリズムの主たる表現であるPLOをテロリストと規定した」イスラエルの優秀な情報操作およびオリエントについての著名な「専門家」たち(いわゆるオリエンタリスト)の示した態度の賜物であるという。今回のテロ事件後、イスラムやアラブについての膨大な著作が刊行され、眠っていた書籍が再び広告欄に掲載されているが、そうした中でもバーナード・ルイスの著作などは、薄いハウツーものなどでは満足できない読者にとってはどこか重厚な趣きをもってうつるであろう(田中秀征氏も買っていた)。しかし「今日のテロリズムを論ずる際、定義や分類の用語としてイスラムを利用するのがふさわしい」などと述べる、こうした重鎮こそがサイードの批判の槍玉に上がる。
「もっとよくわかっているはずの人々が沈黙を守るか、乗り合い馬車に飛び乗っているのはいったいなぜなのか(中略)。なぜ、事実が議論されないのか、あるいは証拠を点検するにあたってどの人種、政党、信条の人物が提出したものかだけを判断の根拠とするのが慣習になったのはどうしてなのかを、公然と問う意志があるように思われるのは、ノーム・チョムスキーやアレクサンダー・コクバーンらひとに義理の人物にすぎない」(前掲書p212)。
結びとして、サイードは次のように述べる。
「アメリカの知識人にとって重要な仕事は、リビアを攻撃したりソ連共産主義を非難したりすることではなく、アメリカのよろめく力を、他の社会に対する暴力に向けず、他の社会との宗派的共存に利用するにはどうしたらよいかを明示することである。たしかにそうした仕事では、自分だけが重要な国民であるみたいに世界について号令しながら、実体のない抽象論をやりとりするのでは益がない。またわれわれがいつも包囲された状態にあると宣言したところで無益であり、そんなことをすれば、このいつ果てるとも知れぬ狂気において、最後まで抵抗する中東の拒否主義者の仲間入りをするだけである」(前掲書p213)。
いかに何も変わっていないかがわかるであろう。リビアも力なく、ソ連は形すらないこの時代に、アメリカだけは「いつ果てるとも知れぬ狂気」の中で、「拒否主義者の仲間入り」をしているのである。
11月12日(月)
朝日新聞の日曜朝刊に毎週掲載されている「朝日歌壇・俳壇」に目を通す。めったに見ないが、最近俳句に関する評論を集めた夏石番矢編『「俳句」百年の問い』(講談社学術文庫、1995)を読んでいたので、珍しく読んでみようと思ったのだ。
選者の志向もあるとは思うが、明らかにわかるのは、短歌が今回のテロ事件に端を発するアフガニスタン攻撃や日本の戦争支援など、社会的な動向を積極的に詠み込んでいるのに対し、少なくとも表面的には俳句にそうしたものは見いだしがたいということだ。
むろんこれは、短歌を詠む者は社会問題への関心が高く、俳句を作るものはそうではないなどということは全く意味しない。その違いは芸術としての形式に起因するものだ。同じように絵画や音楽に社会問題への取り組みがないなどというのはばかげている。ロックは反抗精神が全面に出る点で特異ではあるが、逆にそれゆえスローガンなど底が浅いものに陥りがちである。
以前この日記でも、原理主義について文化人類学の立場から描いた論文を紹介したことのある東京都立大教授大塚和夫氏の文章「イスラーム世界の「反米意識」を読み解く」(『中央公論』2001年12月特大号)を読む。
氏は複数の「情報圏」という概念を導入する。それは「情報のグローバル化を前提としながらも、それでもどこかで他の情報圏の人びととは異なった、独自の情報を共有する人びとの意味世界を指すもの」で、「個別的文化が特定の地域・民族・社会などに対応した概念と捉えられているのに対し、グローバルなヒトや情報の迅速な移動・伝達を前提とした情報圏という概念は、より脱地縁的であり、特定地域や国家の枠を超えたヒトびとのネットワーク的つながりの中で生まれるものである」(前掲書p42)。そして氏は今回のテロ事件が、日本を含むアメリカ側の情報圏およびイスラーム側の情報圏ではどのように映るかを、特に真新しい情報ではないにせよ、説得力をもって描き出し、さらにはそうしたイスラーム側の情報圏に属する人々が、実に複雑な状況におかれていること(例えばアメリカに対する憧憬と反感)、こうした状況の中で起こってきた「イスラーム主義」と「イスラーム復興」という明らかに異なる人々の対応が、一緒くたに「原理主義」と呼ばれ、米国主導による世界秩序の維持に反抗すると思える活動一般へのレッテルとなっていることを示唆する。
氏は言う。 「そもそも、特定のイデオロギーに基づく政治運動は、戦略や戦術の相違によって、穏健派や急進派などに細分化され、それらの集団が政治状況に応じて合従連衡して運動を展開することは、政治社会学の常識である。イスラーム主義運動の場合もそれが当てはまる。問題なのは「原理主義」という包括的ラベルの効果もあり、イスラームの場合は一枚岩的なイメージが先行して、その常識を適用しようとする努力に乏しいことである」(前掲書p47)。
こうした、何でもかんでも一緒くたに「イスラーム」「過激派」「テロリスト」「原理主義」と呼んでしまう知的怠慢への行き場のない苛立ちに関しては、イスラム圏出身(実際にはパレスチナ生まれのキリスト教徒)のアメリカ人エドワード・サイードもさかんに述べているところのものであるが、枚挙にいとまがない。イスラム世界に実際に属する人のみならず、精神的にコミットしている人々についてもいえることであり、板垣雄三東大名誉教授の次のような言葉は、そうした態度への痛烈な批判である。
「西洋の近代化、民主主義、自由の根源はイスラムとのつながりの中で出てきている。日本の知識人の中には欧米はわかるがイスラム世界を知らないと、ある種自慢げに語る人がいる。欧米について、いかに無知であるかを告白しているようなものだ」(朝日新聞2001年11月7日朝刊)
大塚氏は結びとして、「世界の分からなさに耐え続けながら、それでも自分の情報圏内外の情報へのアクセスを続けること」という地味な努力への呼びかけを行う。むろん、その静かで絶え間のない努力こそが人間の生と知の営みそのものであり、逆に言えばそれ以外にわれわれの取り組むべき問題などないようにも思えるのだが。
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