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Atsushi Kadowaki

制作プラン

 

エイコーン
どんぐりを植える

アトリエの近くで集めたどんぐりを個展会場に設置し、訪れた人に任意の場所に置いてもらう(=植えてもらう)。いくつかをもって帰ってもらう。くわしくはこちら

踏み絵
天空をうつす鏡としての

いわゆる「イーゼル画」(緻密につくられたもの)を床に展示し、踏んでもらう。くわしくはこちら

「画 家」

画家のかっこうをし、画材とスケッチブックをたずさえ、風光明媚な場所で、画家のように絵を描くふりをする(実際に描いてもよい)。来た時と同じようにして、画家のつもりで家まで帰る。その間、あたかも画家であるかのように振る舞い、決して自分が画家でないことは秘密にしておかねばならない。検討中。

都市建築家

すでに実行。成果はこちら

贈り物

何かを純粋に与える、ということは不可能であり、それは必然的に毒(交換)に浸食されている。しかしそれでもわれわれはひとに何かをあげたいし、もらいたい。くわしくはこちら

V作戦

「ガンダム」と「シャア専用ザク」のプラモデルを購入し、中身を入れ替えた上、それをレディ・メイドとして展示する。
両者は敵同士であり、さまざまな点(白と赤、一機しかない試作品と赤でペイントされて「3倍」とはいえ量産型)で対照的ではあるが、いずれも単なる駒にすぎず、両者が戦えば戦うほど得をするもののために火花を散らし、それを悟ってはいても、どうすることもできない。だから中身を入れ替えてもおんなじである。 検討中。

白の情念

石膏を塗ったさまざまなサイズの木製パネルを展示する。石膏はむろん自分で塗る。
それは一見、無表情に見えるが、表面の様子などは読み取ろうと思えばとても豊かな表情をしている。また、これから描かれるという可能性、未来性を内包している。子どもがそうであるように。そして、白とは色であり、パネルの長方形の形状とは、形である。つまりそれは絵画の形式をしている。

包む

包む。赤瀬川源平やクリストは、不透明な布でものを包んだが、サランラップのような透明なもので包む。すると中身が透けて見えるだろう。これで落葉や紙、写真、絵といったものを包んではどうだろう。およそ包んでも意味のなさそうなものを包む。包み込み、しかし包んでいるものは透明だ。包むことの両義性(やさしさと監禁)。

10

正しい展示

50号2連からなる絵を、一方を斜めにぶらさげ、一方を床にこれまた斜めに立てかける。そして、「間違った展示」(つまり床に垂直、水平のいわゆる一般的な展示)を見たい方は声をかけてください、とただし書きしておく。見たい人とは、いっしょに「間違った」展示をする。

11

はじまらない展覧会

梱包された絵が会場にただ置かれている。中身は何ヶ月もかけて制作されたものである。しかし荷はほどかれず、会場に来た人はその中身を見ることができない。中身の写真を展示してもいいかもしれない。本当に中身はあるのだろうか? 開けられない。それはとても勇気のいることだろう。たいへんな時間と金をかけて、見えない、ということだけを展示するのだから。
cf. 60年代コンセプチュアル・アートの、画廊に何も置かない、ということを展示したアート。あるいは、展覧会は初日から終っている、という張り紙の展示。

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ひつじ

羊の着ぐるみ(頭だけでも可)を着てさまざまな街を訪問し、そこで巻き起こるハプニングを作品として提示する。羊の群れの中での記念撮影、ジンギスカン反対運動など。できればそのまま羊としての生をまっとうする。実行者として、如月はるか氏(やっぱり北海道出身)と交渉中。

14

新聞折込

宣伝広告と見せかけて、アートを新聞折込にして家庭に配る。内容は目下検討中。

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制作過程を制作する

制作過程そのものを描く、という絵。何枚かの絵によって構成された石などが描かれていく作品。1枚目は石膏ぬりした木製パネルの上の鉛筆描き。2枚目は下塗り。3枚目は大まかな色のせ…12枚目あたりで「完成」。制作予定中。(文章のつづきはこちら

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