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詩人 田中義人

これは去る02年12月2日、私の個展初日に死去した義父田中義人の葬儀に際し、故人をしのんで編纂された俳句集です。編集の文責は私にあります。

 

 父は若い頃から和歌をたしなんでおりましたが、晩年はもっぱら句作を趣味とし、詠んだ句に絵をつけて部屋などに飾って、私どもの目を楽しませてくれました。
 ここにあげた数十の句は、推敲を重ねた下書きノートとともに、父の遺品の中から見つかったもので、特に気に入ったものだけを選んで書き写しておいたものらしく、折りにふれて句意などの説明を受けていたなじみのものばかり。そのいくつかは父の絵入りで、葬儀会場に展示される予定です。
 父の句は、年齢を感じさせない新鮮な感性と、俳諧らしいおかしみと軽みをもったものです。それは父の晩年における静かな生き方と重なるものでした。身のまわりの、何の変哲もない日常の中にこそ、生の美しさ、喜び、やさしさは見いだされる。いや、そのように見いだすことによってこそ、ものごとは美しく、喜ばしく、やさしげでありうるのだ。そうした父の視線が、これらの句から伝わってくるようです。

平成十四年十二月四日

 遠き日

遠き日のふなの踊りし雲の峰   平成十二年

ひばり啼くこの道行けばカセドラル   昭和十二年東京高等商船学友会誌

鞦韆(ぶらんこ)や大正の餓鬼雲に入る   平成十二年

人去るを待ちて鞦韆漕ぎにけり

炎昼の石段を子ら駆け行ける

軒下をつらら蹴り蹴り子ら帰る   平成十一年

 

 ナツヤスミ

ナツヤスミ響よろしく画帖かふ

との粉道バス消え行けり夏休み   平成十二年九月

薄みどり濃みどりばかり旅だより   平成十一年六月

波がたのごみながながと夏果てぬ   平成十一年

 

 点 景

一日に一善なんどと初暦

廃校を借景として花吹雪   平成十二年

喰ひ逃げの蚊を叩きけり飛蚊症   平成八年
  ※飛蚊症 視野に蚊のようなものがちらちら飛ぶように見える眼の病気。硝子体の混濁による。

コスモスや足向くままの旅想う

秋桜納屋の粗壁荒れしまま

枯葉ふむ影の動きの老けにける

漆黒のワゴンの屋根に柿黄葉

柿落葉照り雨に照り万華鏡   平成十三年十一月
※照り雨 日が照っていながら降る雨。

旧交を温む茶屋の茸うどん   平成八年

雪の音のふるさと訛鰤(ぶり)焼ける   平成十三年十二月十七日

痛痒の一つなき朝笹子啼く
  ※痛痒 いたみとかゆみ。身に受ける不快な刺激。
  ※笹子 中冬のころ巣立ちする鶯の子。

 

 日向ぼこ

眼鏡だけ読書してゐる日向ぼこ

日向ぼこ遠近両用要もなき
  日向ぼこ遠近両用夢三昧
   平成十三年二月
   笹雪のはねたる音や日向ぼこ
  笹雪のはねたる音か日向ぼこ

 

 病 床

退院はまだ先ならん牡丹雪   平成十三年

痰の色消えたる朝や花八手   平成十四年十月二十九日
   痰の色消えたる朝や福寿草   平成十三年一月
   痰の色消えたる朝や蕗の薹   平成十三年
   痰の色消えたる朝や遠郭公   平成十四年六月九日
   痰の黄の消えたる朝や笹子鳴く   平成十四年冬

 

あひるの書斎

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