
Atsushi Kadowaki 2001
不可能を可能にする店
少し前、「朝日新聞」で土曜日に、『ロダンのココロ』というマンガを連載していたことがあった。「ロダン」という名の大型犬を主人公に、『我輩は猫である』の犬版といったらわかりやすいだろうか。何ともいい感じのマンガで、毎週楽しみにしていたのだが、連載開始直後、私はどうしてもこの名前を目にするたびに思い出すものがあった。それは高校の時、仙台の繁華街のはずれにあった店の名前で、「不可能を可能にする店 ロダン」といった。
私たちラグビー部の新人は、よくこの店に通ったものだ。ラグビーのスパイクはよく壊れる。激しく動くし、遠慮なく踏みつけられる。全天候型スポーツなので雨や雪の日にも練習する。入部して数ヶ月もすると、私のきれいだったスパイクは輝きを失い、皮は硬くなり、ひび割れ、ところどころに穴が開いてきた。
スパイクは高い。一足1万円近くしただろうか。こんなに早く壊れてしまったスパイクをどうしたらいいのか先輩に聞くと、いいところがあるという。自分のスパイクもそろそろだから一緒についてくるようにと言われた。そこで知ったのが「ロダン」である。
繁華街のアーケードを抜け、少し行った路地にその店はあった。古びた布地の看板に大きく「不可能を可能にする店 ロダン」
とある。が、それは見るからに店とは不釣合いな名前であった。ガラス戸の奥にある店は6畳ほどもあろうか。ほこりをかぶったようなサンダルや紳士靴が、店の一方の壁に申し訳程度に陳列され、反対側には、茶色い古ぼけたミシン台が設置されている。そしてそのかたわらに、修理中の靴にうずもれるようにして、赤ら顔の、かなり年配のこの店の主人が靴を直している。
先輩は慣れたようにスパイクを差し出し、修理を依頼した。私もそれにならった。店主は言葉少なく、うなずいただけだ。
「来週までにお願いします」
先輩の声に店主はスパイクを見ながらうなずく。そして私は来週になったら先輩のスパイクを、自分のと一緒に取りに行くように言われる。
翌週、私はスパイクを取りに行く。しかしまだできていないと店主は言う。少し、申し訳なさそうに。スパイクは一足しかないので、それがないと運動靴で練習しなければならない。踏まれたら足に穴が開いてしまう。第一、それではスクラムが組めない。先輩に何と言ったらよいかわからない。
しかし私は、そうした不安を相手にぶつけるどころか、さとられまいとさえする人間なので、ただわかりました、と応える。
「 いつ頃、できるでしょう」
「明日にはやっとくから」
やはりやや申し訳なさそうに言う。そこで私は部活の折、先輩にそれを伝える。すると先輩も分かっているようで、「そうなんだよ、あそこはいっつもできてねえんだ」と怒りながらも納得している。
やがて私以外の新入部員も、先輩連からを命ぜられて、あるいは自分のスパイクの修理のために、「ロダン」通いを始めるようになった。そしてすぐにみんなは、店主の口約束が守られることは、ほぼ100%ないということを悟った。
「他に修理やってるところ、ないんすかねえ」
「スポーツ用品店で昔やってたんだが、高かった上にもうやめちゃったんだよ」
「じゃあ、あそこしかないってわけですか。それでいい気になってんじゃないすか、あのおやじ」
「まったくだな」
一度、親しい友人と一緒に行った時のことだ。かなり激しやすい彼は、翌日大事な試合が控えていたこともあって、一瞬何が起こったかわからない様子だった。約束の修理が案の定出来ていなかったのだ。それからすぐに文字通りつかみかからんばかりの勢いで店主に詰め寄ったのだ。
店主の方でもびっくりしてすぐに取り掛かるからといってその場で作業をしてもらい、30分ほど待って修理は完了した。
それを見てからというもの私は、修理ができていない時には、「じゃあ待ちます」といってその場で待つことにした。私はストレートに怒りを表す、というのが苦手だ。というより、もともと怒りを感じないことが多い。それどころか相手に非がある時には内心ほっとする。自分に非がなくてよかった、と思うのだ。
「ロダン」の店先で、粗末な3本脚のパイプ椅子に座って修理を待った時のことを思い出す。私はどこへ行くにも本を持って歩くので、ひまをもてあますということはない。夏の、日が長くなった夕方、雑然とした店内に夕日が差し込む。その中で作業する店主の手元をながめたり、夕方の町の音を聞いたり。あいもかわらず修理の約束が守られることはまれだったけれど、私はたいして腹も立てずに、気長に通いつづけたものだ。
そうしてどれくらいたっただろう。ある日を境に私のスパイクは、きちんと約束通りに仕上がるようになったのだ。
一度など、友人と二人で出したスパイクを取りに行くと、私の方だけしか出来ていない、ということがあった。友人はさんざんに悪態をついていたが。
私はこの、もの言わぬ店主との、沈黙のうちに交される静かな信頼感に、えもいわれぬ喜びを感じた。自分の感情を発散したり、主張したり、表現したりすることがよしとされているような中で、それを覆い隠してひっそりと生きている自分のような人間は暗く、つまらないものだと思っていた私であるから、なおいっそう、こうした連帯感を貴重なもの、自分のような種類の人間にしかわからない稀有なものと感じていたのだ。
あれから長い年月がたち、「ロダン」のあった場所には別の店が立っている。私も人生の経験を重ねるうちに、人前でも自分をある程度は表現できるようになった。しかしあの、沈黙の対話とでもいうべきものは、今でも私にとって大切なもののひとつだ。
たとえば、ねこたちがたくさん集う場所に、私ひとりが人間として参加する時、これと全く同じようなやさしさを感じる。ねこたちはだれひとりとして突然話し出したりはしない。ただ思い思いの距離感をもって、私を含めた集団の中に位置するだけである。そこでは言葉以外の言葉が交わされている。言語があるものを鋭く指し示すことのできる矢のようなものであるとするなら、ここに流れているものは、うすいベールのようなものである。何かをそれと言い当てることは不可能に近いけれども、微弱であって消え入りそうなものだけれども、それゆえに、染み入るように私の全感覚に訴えかけてくるものがあるように思う。それはそこで場所と時間を同じくするものとしての奇跡的な出会いを、沈黙のうちに尊いものとして歓迎する、そのようなものであるように思われる。そこには、意図して行われることもなく、何かに逆らって行われることもない。ただ、そうあれかしというような漠然とした願望と、何かあわれで風流な、その場の似つかわしさとが感じられるだけである。そのさりげなさが身上であると言ってもよい。ずいぶん「ロダン」から飛躍したものだ。
Atsushi Kadowaki 2001.5.23